第4章 夏の思い出(3)
俺は、即答した。
「そのつもりだ」
「頼もしいね。…じゃあ」
会話が終わって、天海が別れを口にする。
いつまでも長居できるわけはない。
彼女は「敗者側」だ。
もう、会場に用はないのだ…ここには来ない。
会うことはない…。
――気付いた時には、俺の脇を通ろうとしていた彼女の肩に触れていた。
「えっ⁉︎」
振り向いた瞳が戸惑いの色を映している。
俺も自分の行動に些かながら驚いているが…それよりも、胸に湧き上がった焦燥感、それに対処する方が先決だった。
「…どうやって知らせればいい?」
何を、と語るその大きな瞳。
ここで別れれば、もう会えない。
昨日のように、今日のように、言葉を交わすことはできない。
今、聞かなければ。
「優勝を…どうやって知らせればいい?」
天海は俺を凝視していたが…見る見るうちにそれとわかるほど顔を赤らめると、目を逸らした。
「…け…」
「け?」
「…携帯の連絡先…教えていい、ですか…」
小声でなぜか敬語。
俺は頷いて自らの携帯を取り出そうとし…ユニフォーム姿の自分に気付いた。
「…すまない…いま、携帯を持っていない」
「…あ…」
彼女も「試合前だもんね、そうだよね」と、俺に話しているのか独り言なのかわからない言い方をする。
「ペン、あったかな…紙は手帳…あ、手帳、鞄の中か…」
自分も手ぶらだと気付き、彼女は「ちょっと待ってて」と言い置くと入り口近くに立つ大会関係者の元へ行く。
帰ってきた時には、手に、紙一片。
「これ…連絡先…」
お願いします、と、このやりとりに必要なのかわからない言葉も添えてくる。
俺は頷いて、すまない、という、やはりこのやりとりに必要なのかわからない言葉を添えて紙を受け取る。
「じゃあ…。報告、待ってます」
一区切りついてから、仕切り直しにそう言った天海は、最後にはにかんだ笑顔を見せて小声で「約束、だね」。
俺は、小走りに外へ駆けていく彼女と、手元の紙に記されたアドレスを見比べる。
彼女らしい、流麗でいて、しっかりとした文字。
一瞥してからそっと掌にしまいこんだ。
――俺が彼女のアドレスを再度確認したのは、この日の夜。
翌日ではない。
白鳥沢に「次の日」はなかった…俺たちは準々決勝で負けたのだ。
俺は…彼女と交わした約束を叶える機会を失った。