第4章 夏の思い出(3)
「負けた?」
なぜそんなことを知っているのか?
素朴な疑問を持ったが、天童のことだ、昨日の一件後に俺が改めて告げた天海の学校名から今日の試合をチェックしていたに違いない。
なにせ、今朝時点で出場校は16校のみ。
学校名さえわかれば、どこのコートの何試合目なのか、調べるのは容易い。
「ストレート負けみたい」
「そうか」
ちらりと脳裏に、背を向けて去っていった“川西”が過ぎる。
「天童、うちの“次”は? 長引いてんのか、前」
「フルっぽいね。…こういうの、イヤだよね。ノリノリで来るじゃん、勝った方」
「まだもう少しかかんのか…」
そこまで話してから天童と瀬見が揃って黙り込み、俺を見た。
俺は沈黙など気にしないが、この2人が顔を合わせたまま一様に黙り込むとさすがに気にはなる。
揃ってこちらを見るとなると、尚更。
「何だ?」
「時間あるぜ、若利」
「トイレ行くふりすれば行けるね」
俺は、会話の流れがまったく読めない。
「行く? どこへだ?」
「…そうだ、そこからだった」
「だね、そこからだったわ」
「…何度も聞くが、“そこ”とは…」
「後で教えてやっから、若利、出入口行け」
「出入口?」
「すぐ行け。いま行け」
「鍛治くんに見つかったら『トイレ』だからね」
2人が生み出す会話の流れは驚くほど急だ。
俺はその流れ着く先がわからないまま、天童に背中を押し出されてしまう。
勝手に人に指示されて動くのは気持ちのいいことではない。
が、戻ろうと振り返ると、疲れ切った表情の瀬見と満面の笑みの天童がこちらに向かって不揃いに手を振っているので、戻れそうにもなかった。
瀬見の言うとおり、次の試合まで時間があるのをいいことに、俺は気分転換も兼ねてサブアリーナからロビーへ、そこを抜けてこの体育館の出入口へ向かった。
出入口は朝と比べるとやはり少し混雑していた。
立ち止まった俺の傍らを通り過ぎていく大半が視線をこちらに向けて行く。うち、何人かは「ウシワカ」とお決まりの言葉。
俺はそれを聞きながら、来たはいいが一体どうすればいいのか、そもそもなぜここに来たのかわからずに、ただ立ち尽くしていた。
「牛島くん」
そんな俺に、背中越しの声。
聞き覚えのある――誰のものだか、もう簡単にわかる声。
俺は振り返る。
「天海」
間違いなかった。
彼女だ。