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【HQ/R18】二月の恋のうた

第23章 「さよなら」(1)


ブーツの靴音を響かせて俺の元にやって来た天海は、小さく首を傾げて笑みを浮かべる。

「若利くん…久しぶり」

聞き慣れた声と適度に砕けた口調の挨拶…だが。

俺は眉を寄せた。
違和感がある。

何がどうの、と明確に指摘することはできない。
それは感覚のものでしかないのだが…何かが今までと違っていた。

「どうしたの?」

笑んだまま問うてくる彼女に、俺は「いや」と短く答える。

「なんでもない」
「午前中練習だったんでしょ…呼び出してごめんね」
「天海、お前が気にすることではない。逆に、仙台まで来させてすまなく思っている」
「それはいいの」

淀みなく、それこそ普段どおりに、俺と天海の間で会話が成立する。
それなのに――それだからこそ、違和感がより強くなる。

何かが違う。
何が違う…?

「若利くん、どこ行くか決めてる?」

俺の戸惑いをよそに、天海は駅構内の時計を見上げて話題を変える。
その段になって、俺は今日の予定を何一つとして定めていないことに気付いた。

決めているのは、彼女に別れ話を切り出そうということだけだ。

「何も決めてはいない」

率直に告げれば、呆れるわけでもなく、逆に、天海は笑った。

「そうだと思った」

そう言ってこちらを向いた彼女の美しい貌を見て、俺は悟った。
違和感の正体を。
俺は、彼女のその表情を見たことがあった――

“若利くん、ありがとう…わかったから”

東京で、あの地下駐車場で目にした諦観を孕んだ寂しげな笑みと同じ。

それに、今、気付いたからこそ、あの時にはわからなかったその笑みの裏側にあるものにもたどり着けた。

天海は…知っている。
俺が、彼女に別れを告げようとしていることを。

天海は、俺が出した結論に既にたどり着いている。「わかっている」と言っていたからには。

平穏を取り戻したはずの彼女が、あの事件の結末や連絡を取らずにいた空白の期間について何も言及せずにいる不自然さ。
俺に向ける形ばかりの笑み。

それらの理由が他に思い当たらない。

天海は知っている。
知っていて…今日、俺の元に、来た。

「何も決めてないなら…若利くん」

笑顔の仮面をつけた彼女は、俺を見上げて静かに、言葉を置くように、言った。

「…ホテルに連れてって」
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