第23章 「さよなら」(1)
東京での件以降、連絡を取り合わぬまま瞬く間に日は過ぎ、数えて7日目の夜。
食事を済ませて寮の部屋に戻ると、机の上に置いていった携帯がメールの着信を知らせていた。
俺は携帯を手に取った。
誰からか――予感めいたものはあり、その予感が正しいことをロック解除した画面が知らせてくる。
「天海…」
毎日20分の電話、それが途絶えたあの日以来となる彼女の名前は俺の感情を大きく揺さぶる。
俺は携帯を手にベッドへ腰掛け、壁に寄りかかっては天井を仰ぎ見、しばし瞑目する。
メールには何と書いてあるだろうか?
連絡を取らなかった俺を詰る言葉か。
いや、天海の性格からして、それはない。
連絡を取らなかったことを詫びる方が、まだ彼女らしい。
“遅くなってごめんなさい”
言いそうな台詞が脳内で音声を伴い創出される。
――声。
甘く切なく高く鳴き、俺を呼ぶ彼女の声。
壁から背を離し、俺は指を自らの背中へと這わせた。
彼女が創った傷跡は、もうない。
痛みは過去のものだ。
…彼女はどうなのだろう。
自分が付けた幾つもの証、幾つもの快感、それらはもうすべて彼女の身体から跡形もなく消え去ってしまっただろうか。
「ありさ…」
名を唱えた。
想いの丈を込めて何度となく囁いた彼女の名を。
それだけで全身が、燃え盛る炎を内に抱き込んだ炉心のように熱く滾る。
――好きなのだ、と自分でもわかる。
彼女を想うと、すぐにでもこの腕の中に閉じ込めて、名を呼び、名を呼ばれ、抱き、抱かれ、絡み合い、溶け合い…時間を、世界を、共有したいという欲望に駆られる。
だが、それは無理だ。
無理なのだ。
俺の世界には、中心にバレーが存在している。
それは譲れない。
それだけは譲り得ない。
それは俺の軸であり、俺の存在意義でもある。
それが俺の枢軸である限り、俺は天海を真ん中に据えることはできない。
だから、あの日あったようなことがまた起こった場合、俺は彼女を護ることなどできない。
背を向けることしかない。
そんなことが可能か?
不可能だろう。
俺はまた拳を振り上げるのだろう。
だから、選ぶのだ…別れを。
過ちを犯す前に。
大きく息を吐いて、俺は携帯の画面に目を落とす。
開いたメールは本文にこう書かれていた。
クリスマス前後に会えませんか。