第23章 「さよなら」(1)
一足遅れで体育館に入る。
その場で一礼したところ、目が合った主将が片手を挙げた。
軽い会釈で返す。どうやら監督に呼び出されていたことは、先に練習に来ている大平と瀬見が伝えてくれたようだ。
「若利くん」
真っ先に声を掛けてきたのは天童。
見れば、探す手間など不要なほどの距離――俺のすぐ真横にいた。全体集合の号令はまだ掛かってないらしい。
「英太くんに聞いたよ」
胡座をかきながら右手中指のテーピングをしている天童は、俺の顔を見ずに言う。
「ありさちゃんと別れちゃうの?」
「えっ⁉︎」
返答より先に、天童の向こう側にいた白布・川西・梅田の1年3人が声を上げて俺を見る。
その様子では、瀬見は俺が天海に関して下した決断を誰彼構わず大っぴらには話さなかったのだろう。
「ああ、別れるつもりだ」
「ふーん」
俺は、天童の返答に少しばかり驚く。
聞き様によってはひどく投げやりなそれは想像していたものと異なる。
雰囲気で俺の驚愕を察したのか、テーピングを終えた天童がようやくこちらを向いた。
「…ふーん、じゃダメ?」
「いや。瀬見と随分違う反応で、それに驚いていた」
「あー、英太くん、さっきまで興奮してたねー」
容易に想像できる情景が脳裏に広がったが、天童が粛然としている理由はわからないままだ。
俺は、白鳥沢で最も予想外のプレーをする男の発言を待った。
天童は俺の目をじっと見返した。
数秒間、視線を交わらせた後、彼はそれから何事もなかったかのようにまた手元に目線を落として無感情に話し出す。
「…だって、若利くん、もう決めちゃってるんデショ」
発せられた言葉から透けて見える意思――なら、何を言っても変えないよネ。
「本当に別れるんですか、牛島さん」
黙って聞いていられなくなったのか、白布が口を挟んできた。
俺は、またしても「ああ」と答える。
それ以外に紡ぐ言葉がない。
「何かあったんですか?」
事情をまったく知らない白布が遠慮がちに聞いてくる。
「賢二郎、聞くねぇー」という天童の声と、「突っ込み過ぎだろ」という川西の声が重なったが、俺はどちらも受け流して「何もない」と多少の嘘をついた。
「ただ…気付いただけだ」
「気付いた?」
「俺にとっての優先順位だ」
天童が何か言いたげな顔をしていたが、その日はついぞ何も言わなかった。