第23章 「さよなら」(1)
進路指導にも使われる部屋を出ると、大平だけではなく瀬見も堅い表情で俺を待っていた。
「鷲匠監督、なんだって?」
単刀直入な問いに、俺はどう答えたらいいものか一瞬だけ考え込む。
その僅かな空白の時間に、大平が「昨日のこと、か?」と確認をしてきた。
首肯して、部屋の中でのことを思い起こす。
“おめぇが何かしたってんなら話は別だ”
パイプ椅子に深く座り込み、腕を組んだ姿勢のままで鷲匠監督はそう切り出した。
東京での出来事――あの駐車場での一幕――については、昨日、仙台に戻ってきてから連絡のついたコーチを通じて監督と学校側には報告してある。
黙っておくことも、もちろんできた。
が、別れ際に“会長”が
「もしかしたら、学校側にも何か連絡が行くかもしれないから」
と言っていたことで、下手に隠すよりはすべて打ち明けた方がいいだろうというのが満場一致で出された結論だった。
“おめぇが何をしたわけでもねぇんだったら、俺が言うことは1つしかねぇよ”
鬼のようだとも称される、しかしながら決して理不尽な厳格さを持っているわけではない白鳥沢の指導者は、淡々と話す。
練習の時とは打って変わって穏やかな声音で。
“若利、おめぇは何のためにこの白鳥沢に来た”
「何のために白鳥沢に来たのか…と言われた」
答えを待つ大平と瀬見に、俺は監督から投げられた言葉を反芻しながら口に出す。
瀬見は、あからさまな安堵を顔に出した。
「試合には出さねぇ、とか言われなかったか?」
「それはなかった」
「そっか…」
「若利、天海さんとのことは?」
ホッとしている瀬見に代わっての大平の問い。
簡潔に俺は答える。
「話した」
今回の事の発端は天海だ。
他校生である彼女と俺の関係性を隠し通して一連の事態を説明するのは不可能だ。
俺の回答に、昨日、新幹線の車中で最後まで「話さず切り抜けろ!」と主張していた瀬見が、また顔色を変え、尋ね聞いてきた。
「別れろ…とか言われたか?」
「いや」
今度は首を2度だけ横に振る。
言われたのは――。
“何のためにここにいるのか、それは忘れんな、若利。…あとはおめぇが自分で選べ”
振り返り、閉ざされた扉を俺は見つめた。
監督は気付いただろうか。
俺が、もう選んでいることに。
「監督に言われてはいないが…天海とは別れる」