第22章 冬の稲妻(3)
「若利くん…手を、上げようとしたの?」
腕の中で蒼ざめた顔の天海が確かめるように問いかけてきた。
俺は頷き、事実をありのまま告げる。
「後先考えずに行動した。大平が声をかけて、止めてくれた」
「…私のせい、だよね?」
違う、とも、そうだ、とも言いがたく、俺は押し黙る。
自分の言動を他人のせいにはしたくない。
俺が男を殴ろうとしたのは、あくまで俺自身が選び取った行動をなのだ。
ただ、その行動のトリガーとなったのは天海だった。
彼女が倒れ、ぐったりとしている様子を目にしなければ、衝動的に動くことも無かったと思える。
天海のせいなのか?
その問いへの正しい答えを導き出せない俺は、彼女が納得しないであろうことをわかりつつも苦し紛れの返しをした。
「…殴りはしなかった」
これも、また事実だ。
天海は俺の数秒間、俺の目をじっと見つめた。
濡れた2つの大きな瞳は言葉にできない感情を様々に映し出し、最後に、寂しげに笑った。
その笑みが危うげで――すべてが難なく収まったこの場にはあまりにも似つかわしくないほど、今にも壊れてしまいそうな儚さすらあり、俺は
「天海…」
と名を唱える。
腕の中の存在が消えるものではないと確認するためにも。
「若利くん、ありがとう…わかったから」
何を理解したのか?
その大事なところを一切語らずに天海は“会長”へ顔を向けた。
「“会長”、さっきの話無かったことにしてください」
知らない間にこちらに背を向けて大会関係者と話しこんでいた“会長”が、ちらりと俺たちを見やって首を縦に振った。
彼の隣に歩み寄った“先輩”が、それがいいとでも言いたげな顔でやはり頷く。
「若利くん、ごめん、立ち上がりたいから手を貸してくれる?」
話づらそうにしながらも、確実に意思を宿したという意味ではこの上もなく“はっきり”とした声音で天海が俺に言った。
澄んだ大きな瞳による、射抜くような強固な視線。
俺の知っている天海ありさ。
いつもの――天海ありさ?
「若利くん、ありさちゃんに見惚れすぎ」
音も立てずに傍らに立っていた天童が俺に代わって天海へ手を差し伸べた。
その手を取り、彼女は立ち上がる。
俺の腕からするりと抜けて。