第22章 冬の稲妻(3)
天海の気持ちが落ち着き始めた頃、“会長”が年配の男性2人を引き連れてやってきた。
「関係者」という腕章を付けているところを見るに、この全日本インカレの大会関係者に違いない。
そういえば、今に至るまで“会長”がこの場にいないことに気付かなかった。
自分が状況を冷静に判断しきれていなかったことを改めて知る。どれだけ頭に血が上っていたのか。
「天海、怪我、ないか?」
“会長”は俺たちの元へやってきて尋ねた。
俺の胸に顔を埋めていた天海が目元を拭ってから“会長”へ向き直る。
一見してわかる暴行の痕を直視し、“会長”は目を彼女に向け、問う。
「…これからどうするつもりだ?」
俺は驚きに口を一文字に結ぶ。
天海が怪我したことに対し、気遣いの言葉が掛けられるものだと思い込んでいたからだ。
どうするつもりだ、とは?
「会長」
天海が俺のシャツを握りしめながら“会長”を呼ばわった。
揺らぎながらも冷然とした声音で。
「なんだ?」
「警察を呼んでもらってください」
警察。
その単語に最も反応したのは、“犯人”たる男ではなく大会関係者だった。
彼らは立たせた男に厳しい口調で話しかけていたが、それを断って天海へ向き直る。
「いや、あの――」
「私は病院に行きます」
大人たちの狼狽、その兆しに頓着せずに天海は“会長”と話を続ける。
「診断書、書いてもらいます」
「…大事にあえてする、か?」
「はい」
「牛島君がさっきのお前たちの会話を携帯に録音してる。それで学校側に話を付けるんじゃダメなのか?」
そう言ってから、“会長”は何かに気づいた顔をして俺を凝視した。
「牛島君…後ろにいる男、殴った?」
その瞬間、天海の身体が強張ったのを感じた。
まるで壊れかけた機械のように、軋む音が聞こえてきそうなぎこちない動きで振り返り、俺を仰ぎ見る。
その面に張り付いているのは純全たる「恐怖」。
聡明な頭脳は…察したのだ。
“会長”の質問の意図を。
もたらされる可能性のある、俺にとって、白鳥沢にとって最悪の事態を。
「殴ってないよ、彼は」
俺の代わりに“先輩”が答えた。
「そっちのお友達に止められてた」
「よく我慢したな」
俺だったら殴ってたな、と“会長”が重い息を吐いて言い切った。