第22章 冬の稲妻(3)
複数の足音と声。
「ありさちゃん!」
「若利…!」
静寂の中に降ってくる歓声、それを覆う慌ただしい気配。
胸倉を掴んでいた男は、解放してやると悲鳴を呑み込んだ声を発した。腰を抜かしたのか、その場に無様に崩れ落ちながら。
俺は、視界の端でその様を収めつつ、何も言わずにいた。
言えずに、拳を解いた左の手に平を凝視していた。
俺は…何をしようとした?
自問が脳内で響き渡る。
俺は何を?
この左手で何を…?
「若利」
やってきた大平が、2度、肩を叩く。
労っているようでもあり、宥めているようでもある。
俺はゆっくりと大平を見た。
「俺は――」
「天海さん、無事で良かったな」
俺の言葉を遮って大平が言う。
“らしくない”言いよう。
俺は何がしかのものを感じて遅れてやって来た天童と瀬見を探した。
天童は、俺の傍らに座り込んだ、事を起こした男に何やら話しかけている。瀬見は、腰に両手を当て、肩で息をしながら俺を注視していた。
その、何とも言い難い表情を眺めやってから、俺は改めて自分の手を、拳を作った左の手を改めて見やった。
「俺は…殴ろうとしたのか…」
口にした事実に愕然とする。
そうだ。
大平が止めなければ、俺は、男を殴っていた。
殴る。
その行為の果てにあるものは――。
(春高の出場停止)
浮かんだ答えに、雷に打たれたような衝撃を覚える。
それは決してあってはならないことだ。
自分にとっても…白鳥沢というチームにとっても。
――俺にとってバレーはすべてだ。
そう言っても過言ではない。
ずっと“そのため”に最良の選択をし続けてきた。
頂きへの階を1歩ずつ登ってきた。
その努力を…打ち消しかけた。
無意識に。
そう、無意識に――。
「若利、気にするな」
大平が声を掛けてくる。
顔を上げて視線を交錯させた。
強い眼差しで首を縦に振る大平に、俺は、彼が、俺の中にいまある動揺を完全に悟っていることを知る。
「何も問題は無かった」
だが、と反論しかけた瞬間、
「天海!」
と、“先輩”の大きな声音が駐車場に反響する。
俺は天海を見やる。
呻き声を上げて、天海が瞼を持ち上げたところだった。
「先輩…若利、くん…」
大平に軽く背を押され、俺は弱々しく名を呼んだ自分の女の元へ歩いていく。