第21章 冬の稲妻(2)
「ちょっと気になることがあってね」
観客席の上段にある通路を横切りながら、傍らを歩く“先輩”がそう切り出す。
「高校の同期、バレー部のヤツにさっき会ったんだけど、そいつが『天海を見かけた』って言うんだ。『男と一緒にいた』って」
彼女はそこで俺を一瞥した。
「てっきり、牛島クン、アンタのことだと思った。だから、天海の新しい彼氏だって言ったんだけどさ…うちのメンバーがね、『じゃあ、別れ話かな』って言うんだよ。天海がすげー難しい顔をしてたって」
難しい顔。
そのワードに引っかかりを覚えた。
…天海が席を立つ寸前、携帯を覗いていた時もやはり難しそうな表情でいた。
「…何か、おかしいって思った」
客席の1番端の階段を下りながら、“先輩”が話を続ける。
「私、さっき天海に怒られたんだよね。自分はイジられてもいいけど、アンタがその巻き添え食って、一緒の友だち連中に変にからかわれたりすると困る、って。…大切なんだってさ、アンタのことが」
「俺も天海を大切に思っている」
明言すると、“先輩”は「はいはい、ごちそーさまです」と朗らかに言った。
「そういうわけで、私はうちのメンバーが言ってた別れ話なるものは絶対に違うと思った。そうなってくると、気になるのは『一緒にいた』って男だ」
男と会う。
そのために俺にわざわざ嘘をついた…?
フロアまで下り、会場から外通路に出たところで俺は“先輩”に1人の名前を告げてみる。
「会っていたのが“川西”という可能性は?」
俺は昨晩の出来事を思い起こす。
“川西にも、こうやって抱かれたのか…?”
尋ね聞き、その末に激しく抱いた。
俺が“川西”に拘ったことは彼女の記憶に新しいはずだ。
しかしながら、“先輩”は俺の指摘を否定する。
「それは無い」
「天海が“川西”に会うことは無いと?」
「その可能性はゼロじゃない。でも、今回のは違う。うちのメンバーは川西を知ってる。会っていたのが川西だったなら『男と会っていた』なんて言い方はしない」
些細なことだが根拠とするには事足りる。
通路の真ん中で“先輩”は立ち止まり、さらに俺を困惑させることを言った。
「うちの学校に関して、嫌な噂を聞いてる。…天海、厄介ごとに首突っ込んでるかもしれない」