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【HQ/R18】二月の恋のうた

第20章 冬の稲妻(1)


大会最終日特有の空気。
昨日と異なる会場内の雰囲気を適切に表現しようとするとそうなるだろう。

まだ早い時間にも関わらず、ロビーではそこかしこで談笑している人の輪が広がっていた。
会場のキャパシティから考えて座席を心配するほどのものではないが、早めに席を確保しておくに越したことはないと思わずにはおれない賑わいだ。

このロビーで俺たちは思わぬ人物に遭遇した。

「ん? …あれって」

最初に足を止めたのは、やはり目端の利く天童だ。
ポケットに手を突っ込んだまま立ち止まり、まるでVTRの巻き戻しのように2歩3歩後退してから俺を呼んだ。

「獅音ー、若利くーん、ちょっと待ってー。ストップー!」

俺の傍らで大平が「早く来い」と天童に言おうとしていたところだった。
俺たちは2人で顔を見合わせて、天童のところへと向かう。

「どうした、天童」
「あそこにいる奴、見たことない?」

猫背気味の姿勢で佇んでいる天童は、首を傾けながら“あそこにいる奴”を指差した。
俺たちは同時に、天童の指先へ視線を移した。

2人の男がそこにはいた。

1人は天童のように髪を半ば逆立てたような特徴的なヘアスタイル。見たことがあるような気がするが、こちらに背を向けているので判然としない。

もう1人は黒髪の、背を向けている男に比べるとやや上背の低い、半目気味な男。さして特筆すべき外見ではないが、なるほど、見たことがある。

「…知った顔だな」

大平が呟く。
だが、3人ともそこから先の情報がまったく浮かばない。
全員、黙り込んだ状態で棒立ちになっていたところで、背の低い方の男がこちらに気づいて高い方の男に顎で視線を誘導させた。

振り向いて俺たちを目視した男は、口を開け、辺り一面に響く大声を上げた。

「あー! 牛若ーッ!」

指まで突きつけられる。
天童が眼だけ動かして俺を見てくる。

「若利くん、あれ、誰?」

俺は間髪入れずに答えた。

「知らん」
「…思い出した、東京代表のエースじゃないか? 若利、ほら、今年のインターハイでお前と同じように月バリのサイトで注目されてただろう」

記憶力に秀でている大平がほぼ答えに等しいヒントをくれる。
天童も何となく思い出した様子で「いたいた」と相槌。
俺も思い出したことを示すように頷いた。

ただ、3人とも肝心の名前はまだ思い出せない。
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