第19章 ★王者の休日(5)
「…仙台って8月に七夕祭があるんだよね」
口付けの後、掠れ声の天海が訊いてくる。
俺は
「あぁ、そうだ」
と返事をし、急な話題転換に思考が一瞬立ち止まった――すぐに、天海の頭の中で『八月の恋のうた』の話が続いているのだと察した。
「東北の三大祭りで有名だよね。青森のねぶた、秋田の竿燈、それから仙台の七夕祭」
「よく知ってるな」
「有名だもの。…ねぇ、若利くんは七夕祭、行ったことあるの?」
「あるにはある」と俺は簡潔だが微妙な言い回しで「昔の話だがな。もう何年も足を運んではいないが」。
「…そうなの?」
「その時期は部活のことが多い」
「…その時期も、じゃないの?」
「その時期も、だな」
だよね、と天海が笑う。
軽く形作った拳を口元に当てて。
その動きで胸元まで引き上げていた布団が下にズレ、露わになった肌の数多の痕跡が目に留まる。
心底で、もう今夜は眠りについたと思っていたものが、頭を擡げた。
「小さい頃とか、お祭、行かなかった?」
何を知りたいのか、天海が質問を重ねてくる。
「七夕祭ではないが…近所の神社の祭ならば行った記憶があるな」
「どんなお祭?」
「話して聞かせるような特別なことなどない」
「特別じゃなくてもいいよ。何か買ってもらったりした?」
俺は、遠い記憶を手繰り寄せる。
さほど大きくない神社。
ゴツゴツとした大小の石が並べられた階段。右手で金属の手すりを掴み、左手は…父と手を繋ぎ。
登りきったところに、少し褪せた朱の楼門。
見下ろしていたのは何だったか。
怖くて睨みつけながら足早に通り過ぎた想い出。
さして長くない参道に立ち並んだ露店。
父が「こんばんは」と誰かと挨拶をする。手が離れたその隙に、見つけた友人たちのところへ走り寄った。
若利、おせーよ。
オレ、お面買ってもらった。
オレ、ヨーヨー。
な、裏手行こうぜ。
――賑やかな会話。
「若利くん?」
天海の柔らかい声。
俺は自分ですら忘れていた小さな箱を覗き込む。
「…父にねだって綿あめを買ってもらったことがある」
甘い甘い記憶。
「綿あめ、私も好きだった。ふわふわして甘くて」
そう言って微笑む彼女の唇を、俺は指でなぞった。
「それはお前のことだな。柔くて、甘い」
「…まだ食べたい?」
誘惑に身体が動いた。