第19章 ★王者の休日(5)
ベッドのヘッドボードに背中を付け、体育座りの状態で天海は買ってきた鮭むすびを食べた。
片手で持てるそれを両手で持って少しずつ口へ。
食べ終わるまでに何口かかるのだろうかと、そんな興味を持ちながら見てしまう。
飲み物は、袋の中から緑茶のペットボトルを選択した。
本人は普段どおりにその蓋を開けようとしていたのだが、疲れていて力が入らないのか開けることができなかった。
俺が代わりに開けてやった。
食事の時と同じように、ペットボトルも両手で持ってゴクゴクと飲み下す天海。
その上下する喉元を見ていて、唐突に、俺は先ほど彼女が歌を歌っていたのを思い出した。
「天海…」
「…んっ…?」
「鼻歌、あれは何の歌だ?」
「歌…?」
サイドテーブルの上に置いたキャップを取り、蓋を閉めながら「あぁ」と天海が照れた笑みを浮かべる。
「聴いてたの…恥ずかしいなぁ。…あれは『八月の恋のうた』って曲」
「『八月の恋のうた』…」
「そう、『八月の恋のうた』」
2人で計3回、タイトルを口にする。
俺は宙を見つめ、聞いたことのない曲の、しかしどこか聞き覚えのあるタイトルについて考える。
「有名な曲か?」
「そうだね。少し前まで、ドラマの主題歌だったから、割と」
謎に思っていたところで、彼女が「夏クール…今年の7月から9月までやっていたドラマの主題歌だったの」と、ドラマの名前を言ってようやく腑に落ちた。
天童が「面白いんだよ!」と騒いでいた記憶がある。
「お祭りの日に神社の境内で浴衣姿の女の子に一目惚れした男の子の曲。好きなのに言えない、遠くから見ていることで満足しようとする、でもそれもできないくらいに好きなことに気づいてしまう…って曲――これ、私のテーマ曲だったの」
「テーマ曲?」
「そう。私も…8月に恋をしたから」
天海はそんな風に、たった数ヶ月前のことを遠い日のことを思い出すように、宙を見つめて呟く。
何となく、川西とのことを語った数時間前の彼女を思い出した。
横顔がどことなく淋しそうに見えたのかもしれない。
…なぜ、そんな顔をするのか。
俺は天海の顎を掬い、視線をこちらに向けさせる。
「天海」
俺はここにいる。
お前が「恋をした」という俺は、お前の前にいる。
俺を見ろ――言葉に代わり唇を浚う。