第18章 ★王者の休日(4)
俺たちは少しの間、お互いの鼓動を確認するように抱き合っていた。
俺が、天海を離したくなかったというのもある。
熱く柔い身体を抱きしめながら、不思議だな、などとも思っていた。
こんな風に求め、感情をぶつけることがあるのかと、そんなものがバレー以外に存在しうるのかと、俺は思っていた。
“牛島は、バレーボールと結婚すんじゃねーの?”
中等部の頃、人から言われた台詞が脳裏を掠めて行き、忘却の彼方から懐かしい記憶を連れてくる。
“ボールは人ではない。結婚はできないはずだ”
“いや、そーじゃなくて。比喩だ、比喩”
“比喩?”
“バレー以上に好きなもんなんて見つからねーだろーって話”
そうかもな、と答えたのかもしれない。
それでいいと思っていた。何の問題もないと。
他のものに心を砕く自分など、周りが言う以上に自分自身が想像つかなかった。
「…わかとし、くん…」
か細い声に呼ばれ、俺は抱擁を解き、天海からほんの少しだけ身体を離す。
本当は天海から完全に離れて俺は自分の後始末を行うべきなのだが…今はまだ、繋がったままでいたいと思う。
「激し…すぎ…」
「すまん、天海。無性に“そう”したかった」
言いながら瞳を覗く。
大きな透き通った瞳は、余韻の中で微睡んでいた。
俺はその目に、
「1ついいか」
と話し始めていた。
「…ん…」
「お前は、さっき、自分には何もない、空っぽだと言った。俺はそうは思わない」
俺の首に巻きつけた腕を離し、天海が額に手を置く。
俺は彼女の頬に張り付いた髪を指で退かしてやった。
「お前が今まで為してきたものが何1つ残らず無くなってしまったとしても、お前がそれらを為す過程で得てきたもの、経験や人との繋がりというものは無くなりはしない――お前が今日再会した人たちのように」
「…ん」
「それこそが最も重要であり、最も得難いものだ。それをお前はお前自身の力で得ている。お前は空っぽなどではない。…お前はお前のままで在り続ければいい。結果は付いてくるはずだ」
頭を撫でてやった。
天海が目を閉じて、子供のような無邪気な笑みを浮かべる。
「それでも、また迷うことがあったら…その時は俺を探せ。俺を見ろ。俺は…常にお前の傍にいる」
諾否の声はない。
代わりに。安らかな寝息が俺の耳に届いた。