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【HQ/R18】二月の恋のうた

第17章 王者の休日(3)


「目撃したのは見回りの先生。よりにもよって生活指導」

天海が笑った。
それは普段の天海の笑みとは違って、どこか苦しげな――そう、“痛々しい”笑み。

天海が昔話だと言っていたこの話は、本人がそうと認識していない、あるいは、認識したくないだけで、実は現在進行形のものなのかもしれない。

「相手はバレー部のマネージャー。1年生。連帯責任としてバレー部は1週間の部活禁止。顧問の先生は元より、私たち生徒会も『生徒側の自治』を担う存在だからね、たとえば放課後の部室の使用時間や管理体制とか、そういうのについて取り決めとか作る仕事が降って湧いた。私は、それを片っ端からやっつけた。やっつけて、やっつけて…やっつけて…」

俺は立ち上がり、天海に近づいていく。
彼女はこちらを見ない。外に目を向けたままだ。
それでも構わずに近づいていく。

「新入生に男を寝取られた可哀想な会長は、そうやって仕事に没頭しないと自分を保てなかった」

「…天海」

「好きだった。誰よりも。好きでいてくれると思っていた。私自身を。それが、違った。彼は私じゃなくても良かった。苦しかった。辛かった。裏切られたんじゃなくて見捨てられたと思った。生徒会長なんてやっててもお前は何もないつまらない女なんだよ、だから乗り換えた…そんな風に言われた気がした」

「天海」

「何もない。私には何もなかった、無くなった。そう思った。でも、残ってた。生徒会長の仕事がまだあった。私にはそれがあった。まだ、あった。私にはまだ残ってた、私が私としていられる場所が、私の存在を認めてくれる場所が、まだ、あったの」

俺は手を伸ばした。
やや強引に、天海を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
高く結われた髪の結び目、そこに手を当てて、自分の胸へと押し付けた。

…絞り出される言葉は彼女の選択であり、俺は気持ちもろとも受け止めると約した。

俺が今できることなど高が知れている。
だが、できることは、ある。
こんな風に。

「やれることを全部やった。何でも。不眠不休の勢いで。そうして、気づいたら病院にいた。過労。しばらく生徒会も休めって言われたよ。…病院の天井はね、少し色褪せた白だったんだ。それを眺めて、私は今度こそ空っぽになったって思って…声を上げてワンワン泣いた」
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