第17章 王者の休日(3)
話しかけられたことで、天海の脳内のスイッチが切り替わった。
彼女は俺から視線を外して大きく深呼吸をした。
そして、俺から離れ、小さな窓のところまで行くと壁に寄りかかって射し込む西陽を背負いながら口を開いた。
「…前にも言ったけど、川西くんと付き合っていたのね」
俺は頷いて先を促す。
「高校に入ってすぐにできた彼氏だった。最初は私も部活をやってたから、あまり会えなかったりしたんだけど、1年の秋に生徒会に入って、そこから1年は私が彼に予定を合わせる形で出かけたり、放課後にデートしたり…」
天海が窓の外へと視線を運ぶ。
回顧…いや、追憶。
そんな言葉が似合う表情で。
「2年になって、人に推される形で生徒会長になった。…ちょっと、嬉しかった。自分の存在意義ができたようで」
「…存在意義?」
「そう。存在意義。――私、川西くんが本当に好きだったの。川西くんが私のすべてだった。だから…私から川西くんを取ると何も残らないと思ってた。それに気づいたときに…怖かった。『つまらない女』って捨てられるんじゃないかと思って」
俺は聞き役に徹する。
天海の淋しげな横顔を眺めるだけの役に徹する。
「だから、生徒会長になれて嬉しかった。私に付加価値がついたと思った。ますます好きになってもらえるだろうと思ってた。…生徒会長の仕事自体も楽しかった。大変なことが多かったけど、性に合ってたのかな、楽しかった」
天海がそこで一呼吸おく。
俺が置いた荷物の横に、このホテルに来る途上で皆で寄ったコンビニ、そこで購入したペットボトルが袋に入ったまま置いてある。
勧めようとしたが、彼女はそのまま続けた。
「…3年に進級した。生徒会の仕事は上手くこなせてた。優秀だ、なんておだてられて調子に乗っていたりもした。川西くんとは学校で顔を合わせてお昼を食べたりもしたけど、お休みに出かけることも減ってた。練習の邪魔はしたくなかったし、私が頑張り続けてさえいれば、そんな私を好きでいてくれると思ってた。……信じてた」
部室でね、と言って天海が目を閉じる。
少し声が震えていたか。
沈黙が生まれた。
俺は待つ。
ただただ、待つ。
外から車のクラクションが鳴り響いた。
天海が、薄っすらと目を開けた。
「部室で、川西くんが後輩とセックスしてた」