第17章 王者の休日(3)
尋ねられて館内の時計へ目を向けた。
このまま行けば、終了は15時頃になるか。
「予定はない。天童辺りはどこか遊びに行きたいと言うかもしれないが」
言いながら、俺は前列の天童の反応を待つ。
瀬見と何やら楽しそうにしている天童は、俺たちの会話など耳に入らなかったらしい。
「…可能であれば、若利くんに少し時間を取って欲しいの。さっきの話…昔話を、あなたにしたい」
昔話。
引っ張られるように、天海へ顔を向ける。
彼女は穏やかに微笑んでいた。
「不恰好な半年程前の私の話。話す必要なんてないと思ってたし、今も少しそう思ってる。でも…」
「でも?」
「“私”のことだから、先輩からの伝聞だけの形にしておきたくない。あなたが聞きたくないことも話すかもしれない…けど、聞いて欲しい。私の気持ちも含めて」
静かな口調と眼差しには強い決意。
俺が知っている天海。
“先輩”は言った。
彼女が見るも無残な痛々しい状態だった、と。
そして、いま、天海自身が言った。
忘れたいと思っている、と。
“知らない方がいいこともあるんじゃない?”
投げられた台詞が自分の足に絡み付いてくるような気がした――俺はそれを瞑目1つで打ち払う。
「わかった」
…聞く以外の選択肢があるはずがない。
聞いて欲しいと天海が願っているのだ。
彼女自身の気持ちも含めて。
聞かない選択肢など、ありえない。
「時間を取る。どこへ行けばいい?」
「うちらのホテルでいいんじゃない?」
2人揃って目を見張る。
声の主は、椅子に寄りかかりながら上半身を逸らしていつの間にやら俺たちを見ていた。
満面の笑みで。
「やーっぱイチャイチャしてんじゃん、ありさちゃん」
「ち、違いま…」
「照れてるありさちゃん、可愛いねっ」
俺は天童を凝視した。
流すべきところなのだろうが、どうしても引っかかってしまった。
場の空気を読んだ瀬見が、横から天童の額を指で弾く。
「いでっ」
目を眇めて俺は悲鳴をあげた天童を直視した。
「天童、お前が天海をどう思おうが勝手だが、俺は天海の呼び名以外、何1つとしてお前に許すつもりはない」
釘を刺してから、俺は思い出して大平に宿泊の件を尋ねた。
返ってきた答えこそが、今日1番の予想外だった。