第3章 夏の思い出(2)
「おめでとう」ではなく「ありがとう」?
彼女の言いたいことがまたしてもわからずに俺は困惑したが、今度は聞き返すことができなかった。
「おい、天海…」
会話に“川西”が割って入ってきたからだ。
目だけで俺は“川西”を見やる。
先ほどまでは彼女に気を取られていて意識しなかったが、彼もどうやら選手のようだ。ジャージ姿に加え、指のテーピングを見るに、今日、俺たちと同じように試合に出ていたに違いない。
知らない顔だ、だからどの程度の選手なのかはわからない。
ただ…俺を見る目は鋭利な刃物のそれに近い。
俺は、その視線に込められたものの呼び名を知っている――その名は「敵愾心」。
「ウシワカ…お前、バレーが強ければ何やってもいいとか思ってるのかよ?」
そんなわけはない。
子供でもわかる話をわざわざ聞かれたことに、俺は不快感を示す。
だが、それよりも気になったのは…。
「何をやっても?」
「人の彼女奪っといても、ってことだよ」
「私はあなたの彼女じゃないよね…」
“川西”の主張を、彼女が真っ向から否定した。
「あなたが私に言ったはず…友だちだよな、って」
「俺は…」
「あの時から、私、もうあなたのことを好きでも何でもないよ。友だち、だよ」
私はね、と彼女は言いながら、さらに二歩、三歩と彼から遠ざかる。
後ろ向きにこちらに歩み寄ってきたせいで、彼女の背がトンっと俺の腕に当たった。すぐに彼女は歩みを止めて俺から距離を取ったが、俺は、反射的に彼女の肩に両手を置く形を取った。
「私、今は牛島くんのことが好きなの」
鼻孔を掠める香りに気を取られながら、俺は他人事のようにその言葉を俺は聞く。
「私から彼に告白したの。付き合って欲しいってお願いしたの。だから…ごめんね」
彼女の表情は窺い知れないから、俺は、正面の“川西”を見やる。
彼は、ついさっき俺に見せた、殺気と呼ぶことすらできそうな気配など幻だったかのように、気落ちした様子でこちらを見ている。
…いや、見ているのは「こちら」ではない。
俺の前に立つ「彼女」だ。
「…終わり、ってことか」
やがて、ぽつりと言った“川西”は、首肯した彼女に「邪魔して悪かったな」と告げた。
それから、俺ともう目を合わせることもなく、踵を返して去っていった。