第16章 王者の休日(2)
“戻した”。
それは先ほどの「痛々しい」という言葉同様、単語そのものの意味を理解してはいるが、俺が知っている天海に当てはめることはできないものだ。
何をどう言うべきか。
そもそも何か言うべきかなのか?
思考が一時停止をする。
“先輩”は前髪を手のひらで後ろへと梳きながら「悪いね」と、振り回している俺に対して初めて詫びを口にした。
「初対面の人間に、いきなり面貸してとか言われて、挙げ句の果てに彼女の昔の話を聞かされて…。私もね、こういう、他人の過去を暴いて晒すってのは正直言って性分じゃないんだ。マナー違反だってのも承知してる」
声のトーンがやや落ちている。真実、申し訳なく思っていることは伝わってきた。
同時に、裏表のない人だな、と話に関係ないことを思う。
――天海の周囲にどんな人間がいるのかを俺は知らない。
電話で彼女はあまり自分のことを語らず、学校生活のことすら話すのは稀だった。
取り立てて話すことはない、というのが彼女の弁だった。
それが嘘か本当か俺には区別などつくはずもなく、それゆえに、俺は話したくないのであればそれを無理に聞く必要などないと突っ込んで聞いたりもしていない。
だから、彼女の人間関係など、あの“川西”しか知らないわけだが…それでも、今日会った“会長”や眼前にいる“先輩”、この2人の為人と、彼らが俺へ話した内容から鑑みるに、俺でも理解できることがある。
それは――彼女が、周囲に大切にされているということ。
「牛島クン、アンタが天海の話を無理に聞かされたこと、不快に思ったとしたら今回だけは勘弁して欲しい。これっきりにするから。私らはさ…天海のことが好きなんだ。だから、あの子の辛そうな姿はもう見たくないんだ」
“先輩”がそう言って、不意に、俺との間合いを詰めた。
女性にしては高い上背のせいで、かち合う視線も天海に対してのものよりも高い位置になる。
「私はアンタに感謝してる。天海は、もう、バレーの試合なんて観に来ないと思ってた。でも、今日ここで会えた。笑ってた。アンタの隣で楽しそうにしてた。牛島クン、これからも天海のこと…頼むよ」
彼女は破顔して、俺の胸を拳で叩いた。
そして、現れた時同様「じゃあね」と簡単な別れの言葉を告げて颯爽と去っていったのだった。