第16章 王者の休日(2)
“先輩”との再会は意外に早かった。
試合前に、とトイレで用を足した後、観客席に戻る前に俺は呼び止められた。
「えっと…天海の彼氏クン!」
“先輩”は両手を腰に当てて佇んでいた。
最初に目にした時も思ったが、彼女は、手足が長いからか、このわざとらしいポーズがとても板につく女性だ。
「…ん? ごめん、逆だっけ。天海がアンタの女なんだから、えっと…呼び方わかんないや。いいや、名前もう1度お願い」
「牛島――」
「あぁ、上だけでいいよ。牛島クンね、牛島クン」
人の話を最後まで聞かずに話すのは元来の性格ゆえか、それとも、試合開始の時間を気にしてか。
探らせる暇も与えずに、彼女は「ちょっと、手短に話したいからこっち来て!」と俺を引っ張っていく。
「単刀直入に聞くけど、牛島クン、いつから付き合ってる?」
サブアリーナの横を通り、やってきた時に通った階段の脇まで来た途端、“先輩”が本当に前置きもなく尋ね聞く。
俺は脳内で天海との出来事を振り返る。
一般的に、どの時点を持って「付き合う」と言うのだろうか?
“先輩”は俺の答えを待たなかった。
「んじゃ、川西は知ってる? 天海の前カレ」
俺は首肯した。
「別れた原因は聞いてる?」
「いや…」
「そっか…オフレコで言うわ」
今度も俺の答えを彼女は待たない。
「別れた原因は川西の二股。天海が生徒会で忙しかった時期に、男バレのマネが、うちのと天海ができてるって馬鹿な噂立てて、馬鹿な川西が騙されて二股スタート」
「馬鹿」のところを強調した彼女の話は続く。
「天海は…あの子は、ああ見えて実は弱い。脆い。川西のことが大好きだったから本当は相当辛かった。でも、泣いて落ち込んだりしなかった。生徒会長としてやらにゃならんことが山ほどあった時期だったんだ…責任感強いんだよ、あれは。感情殺して仕事に没頭した。で、結果――ぶっ倒れた」
言い切って、“先輩”が昏い目をする。
「夏前の話だ…私らが知った頃には、見るも無残な痛々しい状態」
痛々しい。
その言葉を天海と関連付けられずにいると、“先輩”が俺を見て――静かに笑んだ。
「想像つかないでしょ、今の天海からは。…つまりは、そういうことだよ…アンタが、天海を“戻した”んだ」