第9章 家光様の帰城ー三日目・夏津ー
稲葉が呼びに来た。
「あれ?私、御湯殿使っていいの?」
「最後の夜だからゆっくり使えと、春日局様からのお心遣いでございます。」
ちょっと嬉しい。
「この時間、大奥の者と廊下などで出会わないようはからってありますので。」
掃除してたらけっこう汗かいたし、ゆっくり入ってこようかな。
………………
ほんとに今日で最後かぁ。
上がり場で着物を脱ごうとした時、背後から声がした。
「おまえ、明日出て行くそうだな。」
驚いて振り返ると、壁に背をつけて腕組みをした夏津がいた。
「え、ちょっと、なんでここにいるの?
これから脱ぐから出て。」
「俺は湯殿係だろ?」
「"私の"じゃないでしょ。
夏津は"家光様の"湯殿係なんだから、もう私にかまわなくていいよ。
私は明日から町娘に戻るんだから、私にかまっても夏津に得なことなんてないし。」
「へぇ。」
夏津が近づいてくる。
後ずさりしたものの、すぐ壁に行き当たってしまった。
夏津は私を閉じ込めるように壁に両手をつき、見下ろしながら言った。
こんなこと前にもあったような……。
「損とか得だけで人は動くもんじゃないって言ってたのは、どこのどいつだよ。」