第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
大体職務に忠実で厭になる程固いレストレード警部さえ和やかに笑みするような祝いの席で臍を曲げ続けるのは難しいというものだ。
「マクドナルド夫妻がまだ生きていれば、さぞここで幸せだったろうと思うね。彼らは世間知らずの富豪でここに暮らす人々とは階級も違ったが、正直で骨身を惜しまない優しい人間だった。この村で家族揃って倹しく幸せに暮らす資格を十二分に持っていた」
食後のお茶に口をつけて、ホームズは穏やかな顔でマクドナルド姉弟を眺めた。
「アイリーンとカーディは両親によく似ている。幼い彼らを遺して死なねばならなかった夫妻の心残りは如何ばかりだったか、独り者の僕には想像も及ばないが、実に酷く痛々しい話だ」
ふとお茶を呑むレストレード警部と目が合った。和やかなさんざめきの中で私たちのやり取りに耳を澄ましていたらしい警部は、ティーカップを受け皿に戻しテーブルの上で手を組んだ。
「親心というものは」
人を叱責し慣れた低く腹の座った声が、終わり近い聖餐の穏やかな談笑の隙間を縫って聞こえて来る。
「親心というものは、全く計り知れないものですな」
傍から見れば独り言のようなレストレード警部の呟きを、しかしホームズと私は確かに受け取った。
「さて、食後の散歩と行こうか、ワトソンくん」
ホームズがおもむろに立ち上がった。
「マクドナルド夫妻にクリスマスの挨拶をしよう」
つまり墓地へ行こうという訳だ。見ればレストレード警部も席を立ちドアへ向かっている。私はナプキンをテーブルに置くと、椅子を引いて二人を追った。
村人と話していたピーターソン牧師がこちらを見て頷いた。立場上席を外す事が出来ないのだろう。ホームズとレストレード警部を見、私にも行くよう目顔で促す。
「やあ、止んだね」
雪は止んで、明るい日差しが辺りの雪景色を照らしている。
雲間から幾本も下りる天使の梯子と呼ばれる光の筋を眩しげに見上げて、ホームズはレストレード警部を振り向いた。
「雪深い田舎に出向くなら相応の靴を支度すべきだとは思わないか、レストレードくん。また来年相見える事になるとしたら、その時はお互い今よりマシな足元であるべきだな。都会者の間抜けを晒すのはもう十分だ」
「ここまで積もったのは初めての事ですから」
「備えあれば憂いなし。濡れた靴というのはぞっとしないものだよ」