第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
「レストレードさんはあのマクドナルド姉弟の両親を凶刃にかけた輩を捕り押さえたとき、彼らに怖がられたきり未だに打ち解けて貰えていないのですよ。最善の友が最善の人物に映るとは限らない。至言ですな。良薬口に苦しとも言いますからね。とは言え、そろそろあの二人にも良薬の何たるかを悟って貰えたらと思うのですが」
これにレストレード警部は首を振った。
「いや、それでいいのです。警察組織に特別扱いされていると思い込まれては迷惑千万、あの二人の為にもなりませんからね」
言葉とは裏腹に、この職務に忠実な男はあの姉弟に特別な思い入れがあるようだ。意外な思いがしたが幼い姉弟の行く末を見守らずにいられない気持ちはよくわかるし、またどうやら怖がられつつもめげずに彼らに目を配っているらしい律儀な様は微笑ましく、私は彼を見直した。真面目一辺倒の仕事人間ではない思いがけない一面がクリスマスという日和と相俟って、レストレード警部をいつもより魅力的な人間に見せるようで、私は思わず微笑した。
「そんな風に思う子らなら、僕はとっくにシリングの山を牧師に預けてあの二人から手を引いているよ。そうじゃないから君だって今ここにいるんだろう、レストレードくん」
レストレード警部はいつもの厳しい顔でホームズを見詰め、堅苦しくおざなりな笑みを浮かべた。
「私とあなたは違うのですよ、ホームズさん。私はあなたのように気ままでもなければ楽観的でも悲観的でもありません」
「楽観的で悲観的か。面白い物言いだが言い得て妙と言えなくもないかな。しかし成る程、それは安心だ。官憲たるものそうでなくちゃいけない。自堕落で好き勝手に公務を務められては、マクドナルド家を襲ったような悲劇は何時まで経ってもなくならないだろう」
ホームズは真顔でレストレード警部の前に立ち、その顔をじっと見た。
「そう言った点で君は誰より信用が置ける。更にクリスマスという日に忙しい時間を遣り繰りしてここを訪ねるところなど、実になかなかと思うがね」
褒められて気味の悪い顔をするのはどうかと思うが、日頃の二人の仲を思えばレストレード警部の浮かべた微妙な表情も無理のないものに見えた。今日のホームズはどうも彼を好いているようにすら見えて、警部にしてみれば困惑頻りなのだろう。