第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
だからと言って、あまり気持ちのいい話でもないのは確かだ。善良な墓守には申し訳ないが、そういう逸話を持つ人物が暮らしていた場所で、彼が何を思い、考えていたか想像するのはどうにも落ち着きの悪い事だ。
村の明かりは絶えて久しい。明日に備えて皆ぐっすり寝込んでいるのだろう。姉弟の家にも変わったところは今のところひとつもない。
「空きっ腹は落ち着いたかい、ワトソンくん?よければ残りは朝飯に回すとして、どうだい、そろそろひと勝負といかないか」
「それはいいね」
ホームズの提案に、私は食べかけの鰊の皿を脇へ押しやって、いちもにもなく同意した。料理はどれも美味しかったが、惜しい事に今の話で食欲が失せてしまっていた。
皿を押しやった拍子に肘の側にあった革袋に手が触れた。
ホームズと目が合う。
ホームズは一度テーブルの中央に置いたチェス盤を退けた。
「その前にもう一度…」
椅子に座り直して居住まいを正したホームズに、私は呆れ顔で革袋を持ち上げて応えた。
「これを数えろって言うんだろう?」
この細やかな遺産である硬貨の枚数がホームズにとってはよくせき重要なものらしい。
先から度重なるホームズの丹念さからは、私の疑問に答える以上の奇妙な執着が感じられてならない。
私は高名な劇作家の書いた守銭奴さながら硬貨を一枚一枚数え上げ、二百八十一と確認してホームズの前でそれをまた袋に戻した。
「ふむ。矢張り変わりなしか。非常に興味深い」
尖った顎をひと撫でし、ホームズは改めてチェス盤をテーブルの中央に引き出した。
独り言するホームズに、私は今ひとつ納得のいかない気持ちでチェス盤に向かった。
ホームズはスコッチのグラスを傾けて、体を斜めにテーブルの脇で足を組んだ。目尻に面杖をついて笑いながら、駒を並べて穏やかに言う。
「そんな顔をしないでくれたまえよ、ワトソンくん。実のところ、僕も何年か前から君と似たような疑念をそれとなく追っていてね。だから今度の事は僕にとっても意義深いんだ。明確な答えが得られるかどうかは別にしても、君のように頼りになる相手と念を入れて得た結論であれば信用に足らないという事はないだろうしね」