第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
教会に辿り着くと、待ち構えていたように牧師が扉を開けた。男が教会に飛び込むと牧師はすかさず扉を閉めた。
怯える男から話を聞いた牧師は、今日は教会に泊まるように言うと彼の為に礼拝を始め、再び祝祷を与えた。
男は久し振りに神に祈った。
翌朝、男と牧師は連れ立って男の家に向かった。
女の姿はなかった。
家の中は焦げた臭いが充満し、テーブルの椅子の下にいつも女がつけていた髪飾りが落ちていた。牧師が拾い上げたそれを見ると、角の捻れた山羊が子羊を咥えた禍々しい意匠のもので、何故今までこれを綺羅びやかで美しいなどと思っていたのか、男は気味悪く思った。
牧師はこれを預かると、男の家からの帰り道、神に祈りを捧げて橋の上から川へ投げ捨てた。
髪飾りは吸い込まれる様に流れに呑まれ、冬の暗い水の中に沈み込んで見えなくなった。
女はそれきり男の前に現れる事はなかった。
けれど、森の側で暮らしているとふとした拍子にあの身軽い足音を聞いたような気になってぞっとする日が続き、とうとう男は小作をやめて教会で下働きをするようになった。
女という女を怖がり、死ぬ迄独り身を貫いた。