第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
「この夜食は村のおかみさんたちが支度してくれたんだと思うよ。ハドソン婦人の料理はなかなかのものだが、この村のおかみさんたちの腕も捨てたもんじゃない」
分別臭く太鼓判を押して、ホームズは持参のバックに手を突っ込んだ。
まさかまたもやシリング硬貨かと身構えた私の前に、小体なチェスセットが現れる。ホームズは手を擦り合わせて如何にも凝った盤を広げると、鹿爪らしく私を見た。
「君が勝敗に拘らず僕と愉しもうという気があるのなら、どうだい、今日はこういう暇潰しもある」
「君はチェスを好まないと思っていたよ」
チェスに熱中する輩を時に辛く批評する彼を知っている私は、意外な思いでチェスを手にとった。
ホームズは口元に長い指を添えて彼一流の皮肉な笑みを浮かべた。
「相手によって幾らでも面白くも詰まらなくもなるのがこうした遊戯の美点であるし、欠点でもある。僕にしてみれば仕事に通じる知略を使わざるを得ない遊戯は大体においてさしたる娯楽にならないし、実際相手になるような好敵手はそうはいないんだ。要はそういう事さ」
「では僕はその数少ない好敵手と見做された訳かい。それは光栄だが、さて僕で君を満足させられたものかな」
そう言いながらも思わずにっこりすると、ホームズは指を滑らせて手を広げ、神経質な薄い唇を覆って愉快そうに笑った。
「兎も角今日はイブだからね。この雪の中辺鄙な村まで足を運ばせた以上、僕としても君をそれなりにもてなさない訳にいかないだろう」
それはつまりどういう事かと言えば、答えは聞くまでもない。たちまち顔を曇らせた私に、ホームズは口元から手を放して人差し指を立てて見せた。
「夜明け迄は随分間がある。くれぐれも気を抜かず慎重に、しかしのんびり愉しむとしようよ、ワトソンくん」