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すうら、すうすう。

第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー



「ゴーストを見る為に起きているんじゃない。これはマクドナルド姉弟の家に怪しい者が入り込まないか見張る為の骨折りなんだよ」

はて、どういう事かと私は眉をひそめた。もしやホームズとレストレード警部が一網打尽にした筈のろくでなしの残党でもあって、それが姉弟を狙っているとでもいうのか。だとすれば話は変わって来る。
そう言えばホームズと牧師の間で何度か話題にのぼった正体の知れぬ人物があった。聞いている限りではそうとも思えなかったが、予想に反してその人物に胡乱な節でもあるのならば、寝ている場合ではないだろう。
私は気を引き締めてホームズを見返した。
ホームズは全く真面目に頷いて、グラスを私に差し出した。

「さあ、一杯やって仮眠したまえ。いや、僕の心配は要らない。知っての通り僕は少々寝ないくらいじゃ何ともないからね。寧ろ調子が上がるくらいのものだ」

「いや、君が起きているというのなら私も起きているよ。ひとりで呑気に寝ているような僕だと思うかい」

私だとて仮にも医師を務める身の上だ。夜っぴき患者に付き添う事も少なくない。その上、ホームズと暮らすようになってからは、今まで以上に不規則な生活に馴染んでしまった節がある。一晩や二晩寝ないでもそうこたえるものではない。

ホームズは自分のグラスにスコッチを注いで、目の高さまで持ち上げると嬉しげに言った。

「それでこそワトソンくんだ。そう言ってくれると思ったよ。何、大した事がある訳じゃないし、間違いがあるとも思われないけれど、ひとりより二人、増して気の合う相手と夜食をとりながらイブに語り明かすというのはなかなか得難い経験じゃないかね?」

そうしてホームズに披露されたバスケットの中身は予想外に豪勢だった。燻製ニシンと如何にも田舎らしい重たげなプディング、蒸焼きしたインゲン豆の詰まった瓶に玉子が二つ、朝飯でもないのに玉子が添えられているのを見ても空きっ腹の私は訝しむ気すら湧かなかった。

「朝産みの卵だ。ロンドンじゃなかなか食べられないご馳走だね」

細長い掌の中に玉子を包み込んでナプキンの上にそっと戻し、ホームズは表の姉弟の家にちらりと目を走らせた。
釣られて見れば姉弟の家は暗いまま、雪に降られて幼い家主共々静かに寝入っている。
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