第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
牧師が懇ろに気を砕いてくれたのがよくわかる。
「明日には更に積もるかな」
降り頻る粉雪を窓越しに眺めながら、ホームズが呟いた。
ホームズの傍らで同じく表を眺めると、雪の中にマクドナルド姉弟の眠る小さな小屋と、それを囲む家々の仄かな瞬きが見えた。彼らを取り巻く背景を知った今、その細やかな灯りはより私を感慨深くさせた。
「しかし心配な雪だね。帰りの汽車が止まらない事を祈るよ」
「なに、そうなったらもう一晩、この村に世話になるだけさ」
無頓着なホームズに、私は毒気を抜かれて笑ってしまった。
「ボクシングデーにピーターソン牧師を労うのも悪くはないだろう。何せ彼はクリスマスを自分の慰労に費やすようないんちきな教役者じゃないからね」
もし汽車が止まるような憂き目に遭ったら喜んでそうすると約束し、私はテーブルの上にシリング硬貨の詰まった革袋を置いた。
やれやれ、やっと開放された。
凝った肩を叩いて椅子を引く。
「仮眠をとった方がいいね」
テーブルにバスケットを載せて、ホームズが向かいに腰掛けた。早速パイプを取り出して刻み煙草を詰め始める。
「ホームズ。何の為の徹夜か聞いていいかな」
思わず訊ねると、パイプに火を着けたホームズが煙を燻らせながら私を見た。
「君自身確認したいんじゃなかったのかね、ゴーストがいるのかいないのか」
「夜通し起きていればゴーストが見れる?」
「誰もゴーストが見れるなんて言ってやしないよ、ワトソンくん」
あまりの事に私は空いた口が塞がらなくなった。
「差し入れにスコッチがあるぞ。粋な計らいだ」
バスケットからスコッチの瓶を取り出して、ホームズが満足げに唸った。
「牧師のような気の利いた人物は何をしても上手くやって行くだろうな。僕のように不器用な人間からすれば羨ましい限りだよ」
単純に傍から見れば傍若無人としか思われないであろうホームズに較べれば、大概の人間は上手く生きて行けるだろう。
スコッチを見て喜ぶ暇に鼻白んでいる私に気付くべきではないか。
「勿論呑み過ぎは禁物だ。何せ今夜は…」
「夜通しなんだろう」
「その通り。少し寝たまえ、ワトソンくん。起きたらスコッチで夜食と行こう」
そこで私はひどく空腹を覚えた。
「ゴーストを見れないと来ては、ここに来た意味も、増して夜通しする意味などないじゃないか」