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すうら、すうすう。

第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー


ピーターソン牧師が案内してくれた墓守の小屋は教会と墓地を囲む柵の際にあった。裏ぶれた小屋のたった一つしかない窓から、マクドナルド姉弟の住まいが間近く見える。

「教会に泊まって頂きたいところですが」

色褪せた赤い格子柄の布を被せたバスケットを渡しながら、牧師は探るような顔でホームズを見た。

「何かお考えがあるようですから、無理にお誘いはしますまい」

「その通りです」

礼を言って受け取ったバスケットを無造作に脇手に下げ、ホームズは意味有りげに首を振った。

「それに先客の邪魔をしたくはありませんからね」

「おや、お気付きでしたか」

「ご存知の通り、ごく他愛もないものをこそよく見るのが私のやり方でしてね。殊にどの家先にでもある泥落としのような、あまりにありふれ過ぎて誰も目に止めないものは実に様々な情報を孕んでいる」

雪に濡れた髪を無造作に撫で上げて、ホームズは事も無げに言った。

「十二月に底の磨り減った革靴で田舎へ出向くような人物は、私やワトソンくん同様間抜けな都会者と見て間違いありませんよ」

教会の庇の下で雪を払いながら、ホームズは例によってその見逃すもののない鷹の目で辺りを観察していたらしい。
一見飛躍しているように思えてその実的を射たホームズの指摘を聞いたピーターソン牧師は、黙って微笑んだ。ホームズのこんな調子には慣れっこといった様子だ。

「こんな大雪の中」

ホームズは牧師の肩越しに雪に降られる教会を眺め、肩を竦める。その様子は何かをとても面白がっているように見えた。

「しかもわざわざクリスマスにこの村へ来る様な酔狂をやらかす人間は、随分と限られるでしょう」

どうやら私たち以外にも変わり者の来訪者があるらしい。しかもその人物は、この件に因縁浅からぬ関わりがあるように思える。
クリスマスに寂れた村に出向く物好きとは一体何者なのだろう。
尤も、私たちも人の事は全く言えない立場ではあるが。

ピーターソン牧師の言った通り、小屋は閑散と空き家然としていたが、埃や黴臭さといった不快さはなく、暖炉に火を入れランプを灯すと大分に居心地の良い雰囲気になった。暖炉脇の用箪笥の上には厚手の掛布が二枚、テーブルの上には簡単なカトラリーが揃っている。
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