• テキストサイズ

すうら、すうすう。

第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー


そう言われるところを見ると、私は余程間抜けな顔をしていたのだろう。決まり悪さに咳払いするとピーターソン牧師が愉快そうに笑った。

「今夜の宿ですが、本当に墓守の小屋に?」

墓守の小屋とは初耳だ。確かに屋根の下に違いはあるまいが、あまり有り難い宿ではない。

「もう何年も無人のままでお貸しするのも気が引けますが、掃除はしておきました。薪も支度してあります。しかし本当に夜具は必要ないのですか」

夜具は必要ない?
成る程。
実に残念だが、必要なかろう。

ホームズが今夜は夜通しだと言っていた事を思い出し、私はいよいよ今年のクリスマスを諦めた。

こうなれば、この悪夢のようなイブが明ければ見られる筈の健気な姉弟の喜ぶ顔だけが唯一残された希望だ。それまでは墓地と墓守の小屋とゴーストとシリング硬貨が夜通し私を苦しめる事になるだろう。
最早ゴーストは私の思考の隅で僅かに燻る厄介者以外の何者でもなくなっていた。予想だにしていなかった聖夜に翻弄され、正直ゴーストなどどうでもいいという心境だ。

そもそも従軍医師を務めた程であるから、私は決して贅沢な起き臥しを望むものではない。粗末であろうとも寒暖が厳しかろうとも、平時ならば何とも思わないだろう。
しかしくどいようだが暦はクリスマスなのだ。
戦場帰りの一人の男を労るに、このクリスマスはあまりではあるまいか。

それにしてもこうして鑑みると、戦地行きはむしろ私を幼稚な人間に退行させたように思う。

甚だ遺憾だが、これが正解の気がしてならない。













/ 126ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp