第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
「これは公平明大に僕が稼いだ1シリングだ。今ここには、そんなシリング硬貨が僕のこの一枚とマクドナルド夫妻の遺産以外に十八枚。明日に備えてピーターソン牧師に預けられている」
牧師に硬貨を渡すと、ホームズは隠しの財布を探る僕を止めた。
「いや、気遣いは無用だよ、ワトソンくん。これはクリスマス募金ではないんだから」
では一体何だと言うのだ。
訝しむ私にホームズは頷いて見せた。
「確かにその十八枚のシリング硬貨は村の各家庭が倹しく暮らして一枚ずつ募った、明日の為の尊いお金だよ。でも、クリスマス募金とは別なんだ」
「よろしければワトソン博士にもマクドナルド夫妻の墓参にお付き合い頂いたら如何です?」
ピーターソン牧師が穏やかに話に割って入った。
「元よりそのつもりですとも。このワトソンくんはここまで来て彼らに挨拶せずに帰るような野暮な男じゃありませんよ」
無論気の毒な夫妻に墓参するのに異論はないが、そもそも私は何をしにここに来たのか、いよいよよくわからなくなって来た。
まさかに善良な若夫婦がクリスマスを祝う為にゴーストになるなんて事はないだろう。それともクリスマスに親もない幼い我が子が不憫で彷徨い出て来るとでも言うのか。墓前で挨拶をすれば礼儀正しく顔を出すゴーストなど聞いた事もないし、大体見る限りあのマクドナルド姉弟は、貧しくはあるが決して不幸そうには見えなかった。ピーターソン牧師を始め、村人たちが心を配っているのだろう。
今の二人は、死んだふた親が舞い戻りたくなる程悲惨な境遇にないように見えた。
「その前に先ず、シリング硬貨を数えなければいけません。僕はワトソンくんのちょっとした疑問を解く為にも、今日ここに来たんですから」
また硬貨を数えるのか。
私は居残りを命じられた市役所の出納係のような情けない心持ちになった。
「安心したまえ、ワトソンくん。今度は至極簡単な仕事だよ」
ホームズの言葉に、ピーターソン牧師は説教台の下から、年季の入った小さな木箱を取り出した。
牧師が革紐に通して首にかけた小さな鍵でそれを開けると、中から真っ白な布を赤い糸でかがり、緑の飾り紐で口を縛った小さな袋が現れた。
「さて」
見るも愛らしい袋を摘み上げたホームズは、私に座るよう目顔で促した。