第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
そう言って悔悛の表情を浮かべるピーターソン牧師より、どう見ても私の方が非力なように思われるのは皮肉な事だが、医師として彼の気持ちはわからぬでもなかった。
全力を尽くして責務を全うするにあたり、医学より他のもっとわかり易い武器があれば、救うのが容易くなる筈と思える患者は少なくない。
「職業上のジレンマは何につけても付き纏うものですよ。かく言う私自身、そうしたジレンマに囚われて時に慰めを求めずにいられませんからね」
ホームズが外套の隠しに手を突っ込んでぶっきらぼうに言うのを聞いて、ピーターソン牧師が、そして私も口を噤んだ。
奇しくもこの場にいる三人が三人とも人の核心に関わる努めを果している。
中でも犯罪と言う善悪の深淵を穿って他者を救わんとするホームズの、その内心の懊悩の一端に触れて胸を打たれる思いがした。だからと言って、彼が悪い薬に耽る習慣を認めるものではないが。
恐らくピーターソン牧師も同様の感慨を持ったのだろう。痛ましげに首を振って、しかし実に牧師という立場に相応しい助言を口にした。
「あなたがご自身の務めに全力を尽くしているのは万人の知るところですよ、ホームズさん。とは言え、悪習に耽るのは感心しないところです。あなたを慕う決して少なくはない人たちに、要らぬ心配をかけるものではありませんよ」
静かな口振りは全く押し付けがましくなく、それどころか芯から気遣わしげで心情に溢れたものだった。これに依って、私のピーターソン牧師に対する好意がいや増したのは言うまでもない。
当のホームズはと言えば、居心地悪そうに口を引き結んでおり、取ってつけたように隠しから出した手を開いて見せた。
「僕の悪い癖については、あまりクリスマスに相応しい話題ではないように思いますね。さあ、牧師、今年の分です。確かめて下さい」
その掌の上に1シリング硬貨が光るのを見て、私は思わず革袋に目をやった。マクドナルド夫妻の遺産は、相変わらずずっしりと私の手にぶら下がっている。
「彼らの遺産に手を着けるような真似をする僕だと思うかい、ワトソンくん」
そんな私にホームズは朗らかに声をかけた。ピーターソン牧師がその傍らで笑っている。