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すうら、すうすう。

第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー


「大体この村には盗人などいないのだから、本来鍵なんか要らないくらいなんだがね。何年か前に質の悪い余所者が騒ぎを起こして以来、この平和な村にも施錠の習慣が根付いたんだ。ロンドンみたいな賑やかで荒んだ街から来た我々から見れば、自衛の観念を持つのは至極当然なことだがね。それにしても物騒な連中のせいで田舎の呑気な空気が失われて行くのは嘆かわしい事だよ。小賢しい犯罪者の餌食になるのは大概が善良な市井の人々で、そのせいで正直者は馬鹿を見てしまう」

口を引き結んで、ホームズはすっかり日暮れた道を歩き出した。次は教会へ向かうのだろう。村で一番背の高い建物に向かって歩きながら、ホームズは肩をそびやかした。

「実際あの姉弟はその事件の犠牲者と言っていい。何しろふた親を失う羽目になったのだからね」

私は重たい革袋に目を落とした。

「そう、その革袋の元の持ち主は彼らの両親だよ」

先程見届けたばかりの幼い寝顔を思って、私は胸が塞いだ。年端もいかぬ寄る辺ない姉弟の健気さが不憫で、憤懣遣る方無い思いがする。

「残念ながらよくある話だ。裕福な若夫婦が凶悪な詐欺師に騙されて財産を奪われた。金ばかりではなく、証拠隠滅の為に家族の命を狙い始めた悪党から子供を守る為に、夫婦は無一文で田舎へ逃げ出した訳だ。地方の警察に訴えたところで、連中はむしろ悪党と裏で繋がっているか、さもなくば人が好すぎて悪事を悪事と判断出来ないかだからね。無論全てがその通りとは言わないが、兎角当てにならない事が多い。運のない彼らは不正直な警察と人でなしの詐欺師に追い詰められてしまった」

苦々しげに言いながら、ホームズは辿り着いた教会の庇の下で肩の雪を払った。

「彼らがもっと早く僕に助けを求めていてくれればと思うと、今も身が捩れるような思いがするよ。僕がこの村に駆け付けたときには彼らは既に虫の息で、僕に出来たのは二人が幼い我が子の為に細々と蓄え直した僅かな遺産を預かる事だけだった」

私は硬貨の重みに痺れた手の中で、そっと革袋を持ち直した。
こうして話を聞いたからには、この革袋がこれだけ重いのはあまりにも当然の事だと思えた。

「それでその悪党共はどうなったんだい、ホームズ。まさかに未だあちこちで悪巧みして自由を謳歌してるんじゃあるまいね」
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