第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
「僕は何年か前からさる理由に依り、事情の許す限りクリスマスの頃にここを訪ねる事にしているんだ」
促すように視線をやったホームズに、ふたりは明るい笑顔を向けた。
「さて、では明日の支度をしようか。アイリーン、カーディ」
「はい、ホームズさん」
アイリーンが多分ふたりが並んで寝ているのだろうベットの下から、木箱を引っ張り出した。中には姉弟の細やかな衣服が申し訳程度に収まっている。アイリーンはそこから丁寧な手付きで黒い靴下を取り出した。カーディがそれを受け取ってホームズのところへ持って来る。
「こんな山間の小さな村にも須らく聖人は顔を出す。本当にクリスマスというのは不思議なものだね」
穴やかぎ裂きの有無でも確認したものか、靴下を一頻りひっくり返したり裏返したりしたホームズは、満足げに言った。
クリスマスに暖炉に靴下を吊るし、サンタクロースからの贈り物を待つ習慣は、子供にとってとても大事なものだ。きちんとサンタクロースと子供の橋渡しをする親が有りさえすれば。
さてはホームズがその代わりをしようというのだなと私は呑み込んだ。その為に彼はこの時期にこの村を訪れるのか。成る程如何にも、変わり者で偏屈だが、その実思いやり深い彼らしいやり方だ。そういう事ならば是非私も一枚噛ませて貰わねばなるまい。
「よし、今年も異常なし。クリスマスの靴下に種も仕掛けもないぞ。さあ、後を楽しみにもう寝るんだね。明日は僕らも一緒にクリスマスを祝おう」
丹念に調べた靴下を暖炉に吊るさせて、ホームズは二人をベットへ急き立てた。
「火の始末はして行くから、そのまま休んで構わない。おやすみ、アイリーン。カーディ」
幼い姉弟が枕に頭をつけ、目を閉じたのを見届けてから、私たちは暖炉とろうそくの火を始末して家を出た。
一度止んだ雪がまた降り出して、さらさらと辺りに積もり出している。
白い息を吐きながら、ホームズが隠しから鍵を取り出して戸締まりした。合鍵を持つ程に親しいのかと流石に意外な思いで見守っていると、彼はおもむろにその鍵を私に差し出した。
「これも君に管理して貰おう。胸の隠しに大事に仕舞って、明日彼らのクリスマスのお楽しみに付き合うまで決してなくさないように頼むよ」
「何かと責任重大で気が重くなって来たな」
渋々錆びた鍵を受け取った私に、ホームズは肩を竦めた。