第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
遠目に美しかった村は着いて見れば思ったより貧しかったが、慎ましい家々の灯りが雪景色に温かな趣きを与えている事に変わりなく、これからホームズと何処とも知れぬ"屋根の下"でゴースト共々一夜を過ごすであろう心細い身にはその家庭的な様子が羨ましく、殊更寂しく映る事頻りだ。
「まず君に紹介したい相手がいるんだが、生憎彼らは夜が早くてね。宿に行くのは彼らに会ってからでも構わないかね?」
唐突なホームズの問いに、私は少々戸惑った。
「それは一向に構わないが、先方に今日訪問する旨はちゃんと伝えてあるんだろうね?」
クリスマス前夜に不意の訪問客など大概迷惑な話だ。基本紳士的ではあるが、時として平然と不躾な行動をとるホームズを知っているだけに、返答は慎重にならざるを得ない。
自分のクリスマスのみならず、他人のクリスマス迄台無しにするのは全く私の本意ではない。
しかし私の懸念をよそに、ホームズは事も無げに首を振った。
「いいや。けれどこの時期に僕が顔を出したところで驚く相手じゃないから、気遣いは無用だ。むしろ歓迎される事を約束するよ」
正直、全く信用出来なかった。
とは言え、確信に満ちた太鼓判を押されたからには、意気揚々と前を行くホームズの後を追うより他仕方ない。
重い革袋は忌々しいばかりだし、どうにもひどい事になってしまった。
「後で教会にも顔を出そう。今夜は夜通し起きていなければならないから夕飯は随分と遅くなるし、少し仮眠をとらないといけないな。急ごう」
ホームズが愉しげに言うに至って私は革袋を路肩に投げ出したい衝動に駆られたが、不幸な正直者の夫婦の、更には使い途が定まった大切な遺産と思えば、そんな暴挙に及ぶ訳にもいかないのは明らかだ。
ますますひどい事になって来た。
こんなにあの陰鬱なロンドンが恋しくなった事は未だかつてないと断言しよう。
ホームズと居れば決まりきった毎日に退屈するような事がない。
それだけは確かだ。