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すうら、すうすう。

第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー



「さあ到着だ。慎ましくはあるが、最高のクリスマスを約束するよ、ワトソンくん」

ずっしりした革袋と草臥れたバックを持って馬車を降りると、ホームズからチップを受け取った無愛想な御者は、思いがけなく人懐こい顔でクリスマスの挨拶をして引き革を揮った。
見るからに荒くれた田舎者の御者さえも、クリスマスには特別な心持ちになるものらしい。
ガタガタと暗い木立の間を行く馬車を見送り、私たちは日暮れの寒さに霜のかかった村外れの道に佇んだ。大降りの雪が止んだのがせめてもの救いだ。重い革袋を抱えたこの上に、頭や肩に雪を積もらせて歩くのはあまりと言うものだろう。

「残念ながらこの村に宿なんて気の利いたものはなくてね」

さあおいでなすったと、私は諦め半分に苦笑した。
ホームズとの他出はお世辞にも快適とは言い難い状況に置かれる事が少なくない。同様に身の丈に合わぬ破格の目に遭う事も多々あるのだが、どちらにしても彼と真っ当な旅をするのは難しい。

靴が汚れる事など一向に頭にないだろう無頓着な足運びでざくざくと霜立つ道を踏みしめ、ホームズは考え深げに歩き出した。

「しかし安心してくれたまえ。屋根の下で寝る手配は抜かりなくしてあるから」

「それは大変結構な事だね」

些か皮肉を利かせて応えるも、ホームズはこっちの様子などてんで気にする風でもない。足早に迷いなく歩くのを見れば確かに腹案はまとまっているのだろうが、私としてはいよいよロンドンが恋しくなって来た。
真冬のゴーストなどという間抜けなものの為に、一年に一度の聖夜を台無しにする羽目になってしまった自分の幼稚で御し難い好奇心が恨めしい。
大人らしい大人は下らない好奇心に唆されて、クリスマスに見も知らぬ田舎を訪れたりはしないだろう。過酷だった戦地での経験は、特に私を大人にしてはくれなかったようだ。お陰でどうやらこの寒空に、あばら家で肝試しをする事になったらしい。自業自得とは言え臍を噛む思いである。

それにしてもホームズの思う最高のクリスマスというものは一体どうなっているのだろう。少なくともこの件に関して、彼と私の意見が一致する事はないように思われた。
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