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すうら、すうすう。

第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー


「あそこが今年のクリスマスの舞台だよ、ワトソンくん」

ホームズは私の反応を満足げに受け止めて、馬車の固い背もたれに体を預けた。

「見ての通り貧しい小さな村だが、信心深く善良な人ばかりが暮らしている奇跡みたいな場所だ。ロンドンとはほぼ対極にあると言っていいんじゃないかな」

パイプを咥えたホームズは何時になく敬虔そうな様子で私を見た。

「だからと言って残念ながら今の僕が住める場所じゃない。けれど年をとってお役御免になった暁には、ここを終の住処のひとつとして考えてもいいと思っているんだ。善良な村人に囲まれて犯罪という犯罪に頭を煩わせる事なく、日がな一日鱒釣りをして蜜蜂を育て、物思いに耽りながらバイオリンを奏でる。そんな暮らしも悪くないだろう?」

「君がそんな暮らしで満足しているところなんか想像もつかないね」

ホームズに倣って背もたれに身を預け、呑気に隠居するホームズを思い描いてみるも、私は首を振って否定する以外なかった。

「そうだろう?だから今は無理だと言ってるんだ。僕自身の好奇心や探求心が抱える問題のみならず、周りが僕を放って置いてくれないのが悩みの種でね」

至極真面目に応えるホームズに、私は黙って頷いた。
確かに彼を天敵もしくは好敵手と捉え、つけ狙う輩は少なくない。現実的にホームズがロンドンを離れ、安穏とした暮らしを手に入れるのはまだまだ先の事と思われた。

「ところでワトソンくん。あの善良な村に着く前に君にひとつ頼みがあるんだが」

不意にホームズが身を乗り出して言い出した。

「勿論、私に出来る事なら喜んで君の助けになるよ」

迂闊にもホームズの含みのある微笑を見逃した私は、今思えば腹立たしい事にあっさりと鷹揚に頷いた。

「ありがとう、ワトソンくん」

まんまと引っかかった私に優しげに礼を言って、ホームズはボストンバックから薄汚れて重たげな革袋を取り出した。

「では、この袋を開けて中の硬貨を数えて貰おうかな」

「硬貨?」

「そう、硬貨だ」

持ち重りする袋を私の膝に載せてホームズはパイプの端を噛み締めた。

「これは非常に重要な事でね。是非とも君に確認して貰う必要がある。その為にここ迄出向いたと言っていいくらいだ」
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