第7章 聖夜のシリング硬貨ーシャーロック・ホームズー
イブの日暮れ時、生憎の大雪の中を私とホームズは馬車に揺られて田舎道を進んでいた。
「汽車が止まらなくて何よりだったね」
ホームズは至極上機嫌でパイプを噴かしている。
「帰りはどうなるかな。降り止めばいいが」
馬車の車輪が轍に足を取られて何度も横滑りする。ロンドンの石畳を行くのとは訳が違う冬の田舎道の様に、私は正直気が滅入っていた。右を見ても左を見ても雪を被った真っ黒な木立ばかりで、クリスマスを過ごすのに適した場所に向かっているとは到底思えない。
リアカーテンを下ろして私は仏頂面をした。馬車の狭いバスケットで足を組むのは公衆倫理に反しようが、ホームズへ抗議の意を込めて敢えてそうしてホームズの膝頭近くで底が薄くなった革靴を揺らせて見せる。
ホームズは例によって心ここにあらずの様子でぼんやり考え込んだきり、一向に私の無言の抗議に気付かない。
こんな事なら大人しくベイカー街の下宿屋でハドソン婦人が腕を奮った七面鳥やクリスマスプディングを平らげ、のんびり窓表の陰気な街並みを眺めながらスコッチをちびちび啜っていた方がどれだけましだったか知れない。独り者の偏屈な医者にだって、クリスマスを愉しむ権利はある筈だ。人気のない暗い田舎道を行くより、富む者貧する者それぞれが家族で祝う家の灯りを見て、寂しくも満たされた心持ちで聖夜を祝いたいと思うのは決して贅沢な考えではないと思うのだが。
とは言え、好奇心に負けてホームズの話に乗ったのは他ならぬ私自身なのだから、ホームズに不平をぶつける訳にもいかない。実に詰まらない事になってしまった。
この分ではクリスマスどころか今夜の宿もあやしいものだと内心溜め息を吐いたところで、ホームズに膝を突付かれた。
「ご覧よ、ワトソンくん」
一体何だとホームズの持ち上げたリアカーテンの隙間から表を覗いた私は思わず息を呑んだ。
薄暗がりの緩やかな山と山に挟まれた窮屈な谷間に温かく慎ましやかな灯りが幾つも瞬いている。小さな村がクリスマスを祝うその灯りと思われた。
村の中央により高く灯りを灯しているのは恐らく教会だろうが、その様子はロンドンの大きなものに比べれば全く話にならない程細やかだ。しかしその細やかさは暗い木立を頼りない心持ちで乱暴な馬車に揺られて来た身にひどく温かく、そしてこの上なく美しく見えた。