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すうら、すうすう。

第6章 アン・ブーリンとマナーの話 ーHP 、ダンブルドアー


クイーン・アン・ブーリンは知っとるかな?そう、ローマ教皇や国民を敵に回して王妃になったなかなか強かなあの女人じゃよ。
結局は夫たるヘンリー八世の寵愛を失って斬首されたんじゃが、エリザベス一世のご母堂という栄えある立場の御方でもある。

彼女はいつもならロンドン塔やハンプトン・コート宮殿、自身が幼少期を過ごし、またかのエリザベス一世を産み落とされたビーバー城などで過ごしておるんじゃが、この日は何の気まぐれか、湖水地帯の侘しさに身を任せたくなったのじゃろう、王妃らしい凛とした風情ながら侍女もつけず、独り静静と歩いておった。

向こうから来るのが彼女と知ったわしは、正直少々戸惑った。すれ違い様に膝をおるのもなんじゃし、かと言うて仮にも王妃たる女人に目礼では失礼に当たらんかとの。

しかしこれが全て間違いじゃった!

悩む間にぐんぐん近付いて来る彼女は、スペイン風の繊細なレースの襞襟にイタリア式の深い襟ぐり、肩から垂れ袖を垂らして、当時を思わせる床しい装いに豪奢な首飾りをつけーこれが、かのヘンリー八世が毎日ひと粒ずつ贈ったという品々かと思わせる宝石が連なった、実に見事なものなんじゃがーわしを見止めると明らかに戸惑った表情を浮かべた。

こりゃ仰々しい真似をして煩わせてはならないと、わしは即座に目を伏せ、軽く礼をとった。
彼女の深い物思いの邪魔をしてはいかんと思ったんじゃ。

アン王妃は歩調を緩め、いささか迷うように顎にそっと手を当てて、浅い礼を返してよこした。
人の事は言えんが、王妃としちゃいささか杜撰な挨拶じゃ。

そう思った瞬間、ゴロリとわしの足元にアン王妃の頭が転げ落ちた。

わしゃこれ程驚いた事はここ数十年なかったと断言出来る。

何せ、王妃たる女性の頭が、わしの足元にあって困り顔でこちらを見上げておるんじゃ。明らかに滅多とある事じゃなかろう。

してわしはハタと思い当たった。

彼女の顎に手を添えたあの仕種、あれは斬られた首を落とさぬ為のものじゃったんじゃと。

ほとんど首なしニックと違って、彼女の首は実に見事に斬り放されたものと見える。スッパリした斬り口も露に戸惑う王妃にわしも往生した。
拾い上げて首のない体に手渡すべきか、見ぬ振りをして彼女が拾うに任せるか、どうやら王妃も迷っているらしく、長いドレスの下で足がもぞもぞしておるのがわかった。
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