第5章 疫神ーゴールデンカムイ
「童コ出来ればどのみぢあの畑コなば遠ぎくて難儀すんなだ。今がら近くさ畑コ構え直して悪ごどねべ」
「だがらって・・・」
盆の入りの前日からこっち、フミは畑に行っていない。いつも穏やかな賢吉が珍しくきつく言い渡した事だから、物問いたげにはしても、フミは黙って従っていた。
しかし畑を売るという話が出た事で黙っていられなくなったらしい。
「賢吉さんさばり畑仕事やらせで、今度はエの近くさ畑コ買うんなば、アダシ、どんだけ怠げだ嫁だどて兄さん達に叱られでしまう」
「何も、兄さん達もオメどごめげくてなんね(可愛くて仕方ない)のだ。大体嫁ッコ大事にしたどて、誰が叱るモンだが」
「こいなば甘やがしです。せば(ならば)せめて、畑コ売るまではアダシにも仕事させで下さい」
「なんね(駄目だ)」
火箸をザクリと灰に刺し、賢吉はきつく言い放った。
「間もなぐ畑も仕舞いだ。今年はオイさ任せでけれ」
「・・・揚羽は・・・」
「うん?」
フと声音を落としたフミに、賢吉は腰を屈めてその顔を覗き込んだ。
寂しそうな顔をして、フミが賢吉を見返した。
「畑の山椒さ、まだ揚羽は来でましたが?」
ぐ、と賢吉は詰まった。谷垣のうちから譲られたあの畑は、小さな頃のフミの遊び場であった。畑の側の山椒の香りに誘われた揚羽が舞い集まるのを見るのが、フミの毎年の楽しみである事は賢吉も知っている。
「新し畑コさも、山椒どこ植えるべ。何本も植えるべ」
強いて明るい声で言って、賢吉はフミから目を逸らした。
「せばまた、稼ぎながら(働きながら)揚羽コも見れるんだ」
「・・・んだすか」
考え込むような様子でフミは浅く頷いた。項垂れた細いうなじが、愛しいやら痛々しいやらで賢吉は言葉を失った。
「・・・話は終いだ。寝るべ」
やっとそれだけ言うと、賢吉は立ち上がって寝間に入った。
フミが賢吉の傍らに滑り込んで来たのは、随分と夜更けてからだった。