第8章 軍隊狸ーゴールデンカムイ、月島ー
にっこり笑ってぐるりと真顔へ転じ、鶴見中尉は端座した月島の膝を手を置いた。
「もし今度その玉木一等卒とやらに会う事があったらば、必ず私に紹介しろ。獣の同胞とは実に興味深い」
本気とも冗談ともつかないこの発言を聞いた途端に、もやもやしていた月島の腹が決まった。
次に玉木某に会ったらば、礼を言うより襲うより、鶴見中尉に見つかる前に逃してやる事だ。これ以上の恩返しは無いだろう。鶴見中尉の手に落ちた玉木がどんな目に遭うか、想像に難くない。
「それにしても月島は真面目過ぎるな。露西亜の連中に軍人の誼でも感じたか?敵兵がからかわれたと言って恩人に腹を立てる事はないだろう」
やれやれと肩を竦めて言った鶴見中尉の陰から含み笑いが聞こえた。
「そもそも玉木一等卒などという男は本当に居たのか?夢でもみたか、さもなくば錯乱したか」
…こういう事を言うからこいつは嫌われる。
身を屈めて鶴見中尉越しににやにやと覗き込んで来た狙撃の名手を見て、月島は口をへの字に曲げた。
だから話したくなかったのだ。
「俺は信じる」
ふとマタギだった男が馬鹿に真面目な顔で呟いた。
「獣は獣だがそれだけとは思わない。人と同じでそれぞれの性もある。月島軍曹はたまたま尾形のような性のモノと会ったのだろう」
「どういう意味だ」
名指しされた狙撃手がにやりと笑う。名指した当人は何の悪気もなかったのだろう。驚いた顔をしてちょっと間を空けると、得心したように謝った。
「すまん。悪く言うつもりはなかった。ただ、そういう事もあるだろうと、そう思っただけだ」
「証拠でも無ければ信じられる話じゃない。そう思わんか、浩平?」
「しかし錯乱するような月島軍曹ではないぞ、洋平」
「……」
双子が煩い。
月島は語る間正座していた足を崩して、脚衣の裾に手をかけた。
「ならば証拠を見せる」
座敷がしんとなる。皆の意識が月島に集中した。前のめりに月島の足を凝視する。
「撃ち抜かれた足だが」
ぐいと脹脛を露わにして、月島は周りを見回した。
「この通り何の傷も無い」
「……」
「……」
「……」
座敷が無音状態になった。熾すら爆ぜない。
月島の骨太でむさ苦しいが傷ひとつ無い脹脛に、皆黙って見入るばかり。
「…汚い足だな」