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すうら、すうすう。

第8章 軍隊狸ーゴールデンカムイ、月島ー



「朝起きたらば、玉木一等卒の姿はありませんでした。自分は山中の沢沿いではなく、野営地近くの木の根本におりました」

背筋を伸ばして火鉢の熾火を見ながら、月島は恬淡と言った。

「野営地では自分が死んだものと思われていた。だから皆自分の帰還を大層喜んでくれたし、自分も隊に戻れてほっとしました。これでまた勤めを果たす事が出来るのだと」

火鉢にかかった鉄瓶から上がる湯気が、誰かの吐息でゆらゆらと揺れた。

「私は第三軍の玉木一等卒と名乗る男に助けられました。彼が居なければ私は今ここに居たかどうかわかりません。あの男から返し切れない大恩を受けたのは間違いない」

座敷はしんとして月島の言葉に耳をそばだてている。月島は火箸を掴んでまた灰を均し、誰の目も見ずにこう続けた。

「それでも自分は次に玉木一等卒に会った時、自分が彼に礼を言うのか、または撃つなり斬るなりして殺してしまうのか、見当がつきません」

月島の傍らで鶴見中尉が、胡座をかいた膝に肘をついて顎を撫でる。

「あの男が解せなかった。解せぬ事には慣れている筈なのに、どうしてかあの男に対してはそれが引っかかってならんのです」

最後に見せた露西亜兵をいたぶって喜ぶあの姿。
大将に封じられていなければ、玉木某は月島をどう処遇したか。あそこで止めなければ、あの男は露西亜兵を何処までいたぶるつもりだったか。

「…解せない。アレは一体何だったのでしょう」

そう呟いて月島は口を噤んだ。

「成る程、随分と面白い目に遭ったのだな」

コキンと首を鳴らして、鶴見中尉が微笑んだ。

「タマキと名乗ったか。確か和名類聚抄に狸をタマキと記してあったように思ったが、ふふ、そこから名乗ったのだとすればなかなか頓知の効いた古狸だ」

「和名…?」

「昔の辞典だ、そう、昔の辞典」

こくこくと盛んに頷いて、何故か鶴見中尉は嬉しそうな顔をした。

「その胡乱な男はきっと軍隊狸だな。だから判らなくていいのだ。何せ相手は獣なのだから、獣の気紛れなど理解出来よう筈が無い」

鶴見中尉の、すっかり見慣れた尋常でない目が、一時玉木一等卒のそれと重なる。月島は瞬きして鶴見中尉を見直した。
鶴見中尉は顎を撫でていた手で頬杖をついて月島を見返した。

「しかし獣は獣でも特別な獣だ。共に戦ったからには彼らも同胞だろう。傷付けるのはよろしくない」
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