第8章 軍隊狸ーゴールデンカムイ、月島ー
「…これは…流石に証拠とは言えないのではないだろうか…」
「…ぷ…。いや…ちょっとは傷が残っていた方がまだ証拠らしかったのではないですか」
「おい、笑うな洋平。失敬だぞ。…しかし月島軍曹…。傷が無いのが証拠と言っても、元の傷がわかりませんから何とも言えませんよ。…ぷ…。これじゃあなぁ…」
…どうも何か間違ったようだ。
月島はそっと脚衣の裾を下ろして、居住まいを正した。
不覚だ。
「はははははは。いいじゃないか、月島。ははははははははは!私はお前のそういうところが大好きだ」
鶴見中尉が膝を打ちながら弾ける様に笑い出した。
「いい、いいよ。実にいい。それでこそ月島だ。うん、素晴らしく月島だ」
釣られて周りから笑いが起こる。肩の力の抜けた呑気な笑いだ。居心地の悪いものではない。
しかし、矢張り不覚だ。
「……」
月島は無言で鉄瓶を火鉢から下ろした。頗る愉快そうな鶴見中尉にお茶を煎れる為に。
玉木某は確かに浮世離れした妙な男だった。明らかに尋常ではなかった。
赤い軍服、丸に喜の字。大日本帝国を後方支援した面妖な物の怪。
有り難いものなのかも知れない。人知を超えた怖ろしいものなのかも知れない。しかしそれが何だと言うのだ。
軍隊狸より第七師団の方がよっぽど得体が知れない。
縒りの細い茶葉にじゃっと熱い湯を注ぎながら、月島は顔の隅で笑った。
何しろここでは、大将に見込まれた化け狸の心配をしなければならない程なのだからな。