第8章 軍隊狸ーゴールデンカムイ、月島ー
「おん?デベラはこいして叩いて炙りますのや。ご存知ない?」
そう言われてもそもそもデベラが何だか判らない。
「骨の砕いて軽く炙ってバリバリッと。ひゃあ、堪りませんわ」
魚を炙るのか…。それはさぞ臭うだろう。敵兵に加えて野生の獣の心配もした方がよさそうだ。
「ほいであつぅいアラメの味噌汁にこれ!」
また雑嚢に手を突っ込んだ玉木某が、もうひとつ竹皮包みを出す。判った。もういい。何でも出すといい。この上蒲団と枕が出たとしてももう驚く気にもならない。
「こりゃ五年ものの酢いぃ梅干し入り。儂が漬けたんですわ」
言いながら鼻先に突き付けられたのは馬鹿に大きな握り飯だった。
「デカイな…」
海苔と白米の甘い匂いが凄い。何が凄いと言って、食わずにすます訳にはいかない気にさせるところが凄い。白米に海苔の握り飯など、一体何時振りか。
「デカければデカい程いいのであります」
敬礼しかねない様な生真面目な顔で玉木某が力強く言った。
そうかも知れない。
何時の間にか集めた木っ端に火が着いて、薪が幾本か組まれた上に鉄鍋が湯気を上げている。玉木某は散々叩いて砕いたデベラとかいう干物を、ちりちりと火に翳して炙り始めた。
まあいいか。
何処に居ようが敵兵が現れたらばやる事に変わりはない。
辺りの気配に気を配りながらふと負傷した右脹脛に手をやったら、何も無かった。
馬鹿な。
「……」
穴が無い。傷が無い。痛みが無い。
流石に驚いて顔を上げると、玉木某が心得顔でこっちを見ていた。にこりと笑って雑嚢を叩く。
「神酒は薬と言いましたでしょう。アンタさんはもうちっとよいしょがらにゃならんお人だよって、すぼに風穴の空けとる場合じゃありゃしません」
握り飯を俺に持たせて、玉木某はふんふんと鼻を鳴らした。
「後で軟膏を塗って進ぜましょう。弥太郎河童の軟膏ときたら鎌鼬の逸品程ではありゃせんが人にゃあんじょうごつ効きますよって、傷痕まですべっと消えてさっぱりしましょうよ」
「……」
そうか。いよいよこいつはそういう性なのだな。
握り飯も食った事の無い海藻の入った熱い味噌汁も、叩いて焼かねばならんデベラとかいう面倒な干物も、皆旨かった。大陸に出征中とは俄かに信じられない、嘘のような晩飯だ。これが夢でも驚かない。むしろ夢だという方がしっくり来る。