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すうら、すうすう。

第8章 軍隊狸ーゴールデンカムイ、月島ー


食後、足の傷痕に得体の知れぬ軟膏を擦り込まれ、竹筒の酒をちびちびと回し呑みしているとき敵兵が通りすがった。
あまり向こうが無防備に現れたので、呆気にとられた。殺気なく疲れ切った人間の気配、生気の薄さを改めて知った。命がけて張った糸を切り、死線を離れた者の無力感、脱力感。

これは虚無だ。

連中は俺達の真ん前をこちらへ目もくれず行き過ぎた。何度か立ち止まり鼻を鳴らして何やら言い交わしていたところを見ると、薪や食い物の匂いには気付いているようだったが、一向、俺達には気付かない。

「露助も大概しんどそうでありますな。どれ」

玉木某は声を潜めるでもなく楽しげに言うと傍らから小石を拾い上げ、ひょいと連中に投げ付けた。ぎょっとして腰を浮かしかけた俺を抑えて、幾度となく敵兵に小石や雪礫を投げ付ける。
無論露西亜兵たちは混乱した。銃を構えてきょろきょろと辺りを見回し、口早にやり取りを交わす。それでもこっちには気付かないようだ。

「おい」

見かねて玉木某の腕を掴む。
赤い軍服の袖は少しも草臥れた様でなく、同じ戦地に居る者とも思われない。何故かゾッとしたが、そのまま玉木某の、相変わらず何処か尋常でない目を凝視する。

「止めろ」

「おん?連中は敵兵でありましょうや。何なら撃ち殺しましょうか」

玉木某がきょとんとして投げかけた小石を掌の上でころころと揺さぶった。

「止しておけ」

動揺する露西亜兵らが不憫に見えた。それにどうやらこっちは居ないものになっている。そういう状況で撃つ気にならない。

「何じゃ、詰まらん」

最後にもうひとつ、小石を放ってやって玉木某が呟いた。石は後備えの露西亜兵の銃に当たって跳ね返り、沢の方へ消えて行った。

「アレらは敵兵ですからな。へなぶったげても構わんのです。何せ儂らァほたえンのが好き好きで」

露西亜の者ならふざけていたぶっていいと言うか。

俺がまだじっと見ているのに気付いた玉木某は、奇妙な目をギラつかせて口端をぐうっと吊り上げた。

「勿論アンタさんらにはてんごはしません。大将にそう封じられておりますからな」

この大将というのは乃木陸軍大将ではないだろう。何故だかはっきりそうわかった。
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