第8章 軍隊狸ーゴールデンカムイ、月島ー
ぶつぶつ言いながら玉木某は沢に下って鉄鍋に水を汲み上げた。
「兎にも角にも食わねば力が出ませんでな。地力は呑んで食って湧くモノでありますわ」
厭な予感がした。
「ほい、月島殿よ。手近にある木っ端や枯れ枝を集めて下さいまし。儂ゃちくと太げな薪の探して参ります」
何気なく言う玉木某に、俺は頭を抱えたくなった。味噌と鉄鍋、水に薪。案の定、火を起す気でいるらしい。
「正気か。こんな場所で火など焚いたら敵兵を呼び寄せる事になるぞ」
「何の、食うとる間は人も獣も神さんの傘の下。余計な事なぞ気にせずに、木っ端を集めらっしゃられ」
「おい!」
のんびり後ろ手を振って玉木某が木立ちに分け入った。その赤い軍服の背中に、丸と喜印。
…あれは…。いや、無い。
「無い」
と、思う。思いたがる自分がでんと居る。思えぬ自分がふらふらとある。
気を落ち着けようと我知らず手近な木っ端を拾い集める。雪のこびり着いて凍った木肌がかじかんだ手に刺すように冷たい。
思案しいしい黙々と木っ端の小山を築いた辺りで、陽気な声がして玉木某が戻って来た。
「ほい、よくお集め申した。骨折りおかたじけであります」
足音にもてんで頓着なくギシギシパキパキと歩を進め、よっこらと抱え込んだ薪を下ろした玉木某は、腰を擦って伸びをした。
「やれ、腹が減りましたのう。儂が支度しますから、月島殿は焚き火に焙れて温まれると良い。毛のない体は実に不便なものでありますからなぁ」
「毛?」
「おん?…あ、いやいや、傷の負ったお体では寒さも難儀でありましょうと、そういう話でありますわ、はい」
「毛…」
「いやいやいやいや、難儀。毛はあり申せん。全くすぼの穴を空っ風の通るなぞ、難儀、難儀で御座いますな。ははは。…はあ、やれ、この気遣いとやらの何ともどうにも厄介な…」
「……」
判った。この男はこういう性なのだ。合点した。ならば話は早い。
諦観。
気を取り直す。
「火を焚くのは駄目だ。味噌は水に溶いて呑む」
ワッパを取り上げて言うと、玉木某は目を真ん丸に、正に真円に開いた。
「ごじゃゆうたらいけまへん。冷え汁なんどとなまはんじゃくなモンを食ろうてお腹ンおきる道理がありますかいな」
…冷たい味噌汁など誰か呑むかと、恐らくそういう事を言っているのだろうと思われる。