第34章 【切甘】近過ぎて見えなかったもの/瀬見英太
「え?英太東京行くの?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
二学期になり、また配られた進路希望調査のプリント。英太の部屋にCDを借りに来てたまたま見つけたそのプリントには、第一希望から第三希望まで全て東京の大学の名前が記されていた。てっきり英太も県内の大学に進学するもんだと思っていたから、プリントに記された大学の名前を見て驚いた。というか、なんでかショックだった。
「なんで?」
「俺だって若利にトス上げてえもん。」
そりゃあそうだ。英太は一年生の時からずっと若利にトスを上げていた。今は正セッターじゃないし、若利にトスを上げる機会は前と比べたらぐんと減ったし、今でこそ落ち着いているものの、正セッターから降ろされた時は、英太もそれなりに荒れていた。自身の主張を変えられない英太は白鳥沢で若利にトスを上げられない。でも、指導者が変われば、その主張を変えずとも、英太が再び若利にトスを上げる機会が巡ってくるかもしれない。だから、大学で若利にトスを上げたいという英太の気持ちは痛い程分かる。けど、大学でも若利とバレーをしたいなんて、今まで一言も言ってなかったじゃんか。
「…英太の馬鹿。豆腐の角に頭ぶつけてくたばれ。」
そう言って目的のCDを借りぬまま馬鹿みたいな捨て台詞を吐いて英太の部屋を出た。
少し考えれば、英太が東京の大学に行きたいと思ってる事なんて分かりそうなものだったけど、英太はその気持ちを口にしなかった。それに、私が進路希望調査のプリントを見るまで英太は私にそれを伝えなかった。だから腹が立ったし、悲しかった。英太の事を大事に思っているのは私だけだったのだろうか。そう思うとそれが凄く悲しい事に思えて、熱くなる目頭をぎゅっと瞑り、その気持ちを押し潰した。