第5章 深遠の記憶
「ニノは…人間だよ」
「え?」
「そりゃ、俺達とは何か違うのかもしれないけど…でも、ここにいるニノは、少なくとも俺にとっては人間だよ」
「さとし…」
「俺ね、字が読めないの」
「えっ…なんで?」
「脳の…病気?なんだって」
「そうなの…」
「ニノは字が読めるでしょ?」
「うん」
「お勉強、たくさん俺よりもできるんだよ」
「そうなの…?」
「そうだよ。俺には本が読めないからね。俺よりもニノはたくさん物事を知ることができるんだよ」
さとしはぎゅっと僕の手を握った。
「人間って勉強ができる動物でしょ?そういう意味じゃ、俺よりもニノのほうが、人間なんだよ…」
「そんなこと…ないよ…」
「あるの。字が読めなくて、それなりに苦労したんだぜ?俺…」
「さとし…」
「30何年生きてきてさ、俺はそう思う。だから、ニノ、そんな俺でも人間なんだからさ、おまえは俺と一緒。人間なんだよ」
さとしの笑顔が、とても温かかった。
僕を見る目も、とても温かかった。
「…ありがとう…さとし…」
ぎゅっと握られた手に力を入れた。
温かい…人間の体温…さとしの、体温…
「ほら、行こう?」
さとしが手を握ったまま歩き出した。