第3章 エニグマ
「雅紀…俺はいいけど…」
智が戸惑った声を出した。
「あ…ごめん…」
「ニノへの気持ち、整理してからにしな」
「そんな…」
「後悔するなよ?俺たちは明日はどうなるかわからないんだから」
きゅっと口を引き結んだ。
そうだ…ここはB地区。
明日のことなんて…なんにもわからない。
明日、死ぬかもしれない。
明日、足がなくなるかもしれない。
明日、目玉がなくなるかもしれない。
A地区のやつらがやってきて、人間を狩るからだ。
俺たちを獲物に見立てて、平気で殺していく。
俺たちは、密猟されてる。
ただの動物だ。
でも俺たちは人間だ。
ニノちゃんは…そんなA地区の人間たちの、謂わば象徴だ。
綺麗な、綺麗な純粋培養の人間。
青に近い顔色で横たわるニノちゃんを眺める。
その頬に赤みが差すと、本当にかわいらしくて…
抱きしめたい…と思った。
唇に触れたい、その頬、その手に触れたい…
欲望ばかりが先走って、止められなかった。
俺にだけ笑いかけてくれる姿。
俺のこと選んでくれた泣き顔。
俺を求めてくれた手のひら。
なにもかも、俺の心を捉えて離さなかった。
こんなこと初めてで、どうしていいのかわからない。
「雅紀…恋をしたね?」
智の言ったことは、暫く理解できなかった。