第5章 深遠の記憶
さとしの前に立つと、すこし屈めと言われた。
ちょっとだけかがんで調理台に手をついていたら、さとしの腕が後ろから伸びてきた。
さとしに抱きくるめられるような格好になりながら、さとしが包丁をつかうのを見ていた。
「すごい…よく切れるんだね」
「ちゃんと手入れしてるからな」
楽しそうに言うと、とんとんとんと連続して野菜を切る。
さとしの手からどんどんお野菜が切れてざるに盛り上がっていく。
「智…そんなに要るの?」
「あっ…」
まさきに言われてさとしの手の動きが止まった。
「調子に乗りすぎた…!」
この世の終わりみたいな声を出すからなんだか…
面白い…
むふふっと笑うと、さとしがびっくりして僕を見た。
「ニノ…笑ったの…?」
「え…?」
「今、笑ったよね?」
「ん…?そうなの…?」
自分じゃよくわからない。
ここはラボみたいにガラス張りになっていないから、自分の表情がいつも見えてるわけじゃない。
「そっか…楽しかった?」
「…面白かった…」
がくっとさとしは項垂れたけど、すぐに立ち直った。
「あまったら夕飯につかうべ」
切った野菜を鍋の中に入れながら、さとしは鼻歌を歌い出した。